冒険小説。日本の作品で、これほど銃弾が飛び交う作品は記憶に無い。

玉の井の銘酒屋の若き女主人百合(ゆり)と使用人の奈加(なか)は、関東大震災が起こった日の夜、双子を産む最中の妊婦を助けることになった。そこに、四人のやくざ者と捕らえられた黒背広の男が現れる。やくざ者は、火事場泥棒であり、戦利品と気を失った美しい四人の娘をリヤカーで運んでいたが、百合に絡んできた。
長短刀(ながドス)を振り回すやくざ達に、百合のS&W M1917リヴォルバーが火を吹く。撃ち尽くして、銃弾を拳銃に装填し、なおも撃つ。やくざたちは、小気味よく倒れていく。そして黒背広の男は解放された。

この手の小説では、迫力ある戦闘場面から始まるのはよくある話だ。
百合は、1キロもある重いリヴォルバーを意のままに振り回す。
どの相手に対しても二発 撃ち込む。プロの技だ。破壊工作を仕事とするもののやり方だ。しかし、誰も殺していない。しかも、やくざを相手としている。現役の工作員であればこんなことはしない。
百合には、最初から、どこか規格はずれの雰囲気が漂う。奈加も、百合のいうことを素直に聞くばかりではなさそうだ。黒背広の男岩見良明(いわみ よしあき)は、元海軍の弁護士という妙な職歴の持ち主だ。

奈加が、百合が、そして国松という男が、それぞれの形で、世間からはずれていった。その三人が、政財界の黒幕である水野寛蔵(みずの かんぞう)という一人の男を中心にして、中国という場所で、結びつきを強めていく。だが、水野は南京で客死する。そして、三人の結びつきは残った。

細見欣也という金融のプロが 、陸軍資金を横領したとして、陸軍に追われていた。結果、息子である13歳の慎太以外はすべて惨殺された。たまたま、国松は、秩父で日本狼ルパをきっかけに慎太と親しくなっていた。百合は、国松に依頼されて慎太を救出する。

百合と慎太は、熊谷を脱出して東京に向かう。百合の依頼による岩見の調査によって、徐々に事情が明らかにされていく。百合たちを狙うのは、細見の資金を狙う陸軍の一派と、水野寛蔵の死によりやくざ組織を引き継いだ息子の武統(たけのり)だ。

百合たちは、東京を目指すが、間断なく、兵隊が、やくざが襲ってくる。要所要所で移動手段は変わり、襲撃手法も様々で、最後まで飽きさせない。
基本は銃撃戦であるが、さりげなく披露される武器の蘊蓄もなかなか面白い。出先で調達できた物質で作り上げられた武器も意外性があり、よく考えられている。

百合がとにかくカッコイイ! が、ダークな魅力は半減した。慎太は、最初は何とも頼りないが、徐々に存在感が増していく。ワルくなった、ともいえる。水野武統は一貫して、ワル、だ。 岩見は、思いもよらぬ働きをすることになるが、もともと自分が酷薄な人間であった、と思い出す場面はなかなか味がある。
登場する人物に、普通いう意味での善人はいない。それぞれに、どこかしらのゆがみがあり、それらが重なり合って、結果オーライ! になった、といったところか。

舞台は戦前に設定されている。登場人物たちの会話や回想によって、今と対照された戦前の姿が浮かびあがる。
戦前の銃規制の形はどうであったか。直近の戦争で、戦争に踏み切ることを望んだ者は誰であったか。陸軍のアヘン販売の現状はどうか。現人神に関連付けられることを口にすれば、たちまち当局に筒抜けになる。その他、今現在では、思いもよらぬことを含めて、様々なことが対象となっている。

こうして、当時のことに、いわば項目ごとに触れてみると、自分の、自国の決断によって、自国の将来が決まる、こんな感覚を強く感じる。この当たり前のことが、この今の日本では、当たり前ではない、ことに改めて思い至る。

*長浦 京 著『リボルバー・リリー』
 ながうら きょう  りぼるばー・りりー
 講談社文庫 2019/3/15