私は喫茶店が大好きである。都心に住んでいた頃の休日は、朝、喫茶店でモーニング、お昼に別の喫茶店でナポリタン、午後に別の喫茶店でコーヒー、なんてこともまれではなかった。その頃は大学のカリキュラム改革で多忙をきわめていたので、一心不乱にエクセルで表作ったり、保護者用文書書いたり、学長宛て願い書を書いたりしていたものだった。

 

郊外に引っ越してきてからは、車でコメダ珈琲に行く。

 

この界隈ですでに5店舗制覇した。ひいきにしている特定の店舗は2軒ある。やはり一心不乱にオンラインの課題作成やら論文執筆やらやっている。コメダがいいのは何時間いても全然平気なこと。店舗にもよるけど、他の人々も大体一心不乱に何かやっている。Zoomで会議やってる人もいる。ちょっとうるさいけど。

 

大学生の頃は、喫茶店って行かなかったなあ。デートで「同伴喫茶」みたいなところに連れて行かれてびっくりしたことがあった。大学院生の頃は、神保町が近かったので、行ったなあ。覚えているのは「古瀬戸」という喫茶店。1~2年前に久しぶりに行ったら、昔と変わってた。

 

喫茶店が日常の一部になったのは、アメリカに留学して以来かな。東海岸のその小さな町にはセルフサービスのSmall World Coffeeというお店があって、みんなそこに行ってた。必ず知り会いに出会った。学食の喫茶コーナーにもよく行った。

 

定年後は喫茶店開くのもいいかもしれない!なんてね。でも私そんなにコーヒーの味にこだわっているわけではないのよ。

 

喫茶店って何が魅力なんだろう?

 

それを追求するために、論文書いたことがある。

ノスタルジアの喫茶店 -ガロの「学生街の喫茶店」にみる青春小説の反復

 

社会学的に書こうとしたけど、文学的になってしまった。ちょっと中途半端な論文。今度はエッセイか、社会学的フィールドワークか。