③
人間には順応性があります。(この言葉好きですw)
こうして俺は多少の煽りには慣れ、8月の最後の方では迎合ゆえの笑顔は少なくなってきました。
今思えば、作り笑顔なんてしなくても良いのだと気づきます。
まぁ、先輩との距離感なんて知らない俺ですから仕方ないですね。
さて、ここからは淡々とフリを覚えることの連続ですから割ります。
気になった同級生ですが、こちらはクラスメイトの方がめんどくさい奴らで、俺の気に障ることばかり言いやがります。
しかしそりゃ良い所もあるわけで、そのときばかりは苛立ちを忘れます。
夜、それに後悔します。
――この連続です。
本当に嫌になります。これは本当に嫌。
で、思えば予行練習を終え、今日こうしてパソコンの前で何気なく頬杖ついているわけですが、まとめさせてもらいます。
ミスを俺だけ過剰に注意される
間違っていないこともしっかりしろと言われる。
一箇所二箇所のフリミスで、俺はフリを覚えていないことにされて個別レッスン。
電話で夜練に来いと言われ、行ったら実は無かった。
結構辛かった事をピックアップしました。
なにこれ、携帯小説でも書けるんじゃねーの。
とりあえず、去年まではダンスにキレがあって良いだの言われて舞い上がってた俺ですが、今では消極的になりました。
俺自身、ミスしてしまうのに違和感があったんですが、上記のことを毎回言われてりゃ自信もなくなるのも当然ですね。
てなわけ明日は待ちに待った体育祭です。
「体育祭の醍醐味と称されるまでのダンス! これに参加すれば、俺の非リアまっしぐらの日常にも変化の兆しが訪れるかもしれない!」
馬鹿じゃねーの
毎日不快感7割の代償で煽りに慣れたり、少しコミュ力が上がったりしても損得に差がありすぎだろ。
多分、今はプライドで俺自身惨めさを隠しているんだとは思うけど、後から振り返ったら最悪な日々だろうな。
じゃあ、楽しんで来ます。どうせ夜には後悔するんだろうが。
②
結果としては、別にあだ名はどうでもいいんです。
8月に入った頃でしょうか。
俺が先輩たちのノリに迎合したり、フリを間違えた時にも面白い(自称)反応を取ったりしていた結果、ただいじられるだけになったのです。
こうして書くだけなら微笑ましい光景かもしれませんが、実際は違います。
理想を追って現実を知った時にはそのギャップに落胆しますよね。それと同義です。
豪語しますが、俺は並みの先輩よりかは一所一所に力を入れてダンスをしています。
で、それを馬鹿にされます。
具体的には、目立たない少々のミスをいちいち
このフリ違うでしょ! おい、〇~〇(あだ名) etc
それが冗談の一環である指導であるのは分かりますが、本気でやっている人間にそんな軽言は苛立ちしか生まれません。しかもそれに加担するように、俺にしか過剰に注意しないのです。
「なんで俺だけ」
こんな言葉を意味をもたらしません。だって先輩は先輩ですからね。
朝早く起きて、毎日来ている俺がなんでこんな役回りになるのだろう。と嫌悪感を抱き、
それからは仲の良い先輩の休む日にはちょくちょく休みました。
今、俺があだ名を呼ばれるのに吐き気に似た感情を覚えるのは必然でしょう。
あだ名=罵倒 にしか思えませんもの。(一部例外な人達も居ますが)
――ここまで見たのならまずこう思うでしょう。
【何故、嫌だと意思を伝えないのか】
俺もそう思います。
でも、冷静に怒っても「また怒った~(笑)」なんて気づかない人達なんです。
本気で怒る事すらが馬鹿馬鹿しく、いつの間にかに諦めていました。不思議です。
さて、罵詈雑言に近くなってしまいましたが、良い所は確実にあります。
真摯に訊けば多分答えてくれるだろうし、
もとより関わりが少ないのですから、これまでの記述内容は俺の偏見かもしれないんです。
だから、あの人達のことは俺は知らないんです。
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