今日はからあげを作りました。
クックパッドを見たら「180℃でカラっと二度揚げ!」
とか書いてるから挑戦したんだけれども。
180℃ってどんくらい熱いんですか?
ころもをちょろっと投下してみたら分かる
とか言うけど全然わかりません。
おかげで二度揚げの時の温度が高すぎて
投下した瞬間に色がこんがり代わりました。
もはやマジック級の速さだった。
そして作りすぎた。
でも全部食べた。
したら気持ち悪くなったよヽ(´∀`)ノ
こんにちわ。
自分の料理で気持ち悪くなるほど情けないものはありません。
今日はねこの不思議な話。
家庭の事情で飼えなくなった飼い猫を
やむを得ず家から離れた山なんかに放してきたのに
数日後になぜか家に帰ってきたという話はたまにあります。
人間からしたら、見ず知らずの土地に放たれて
なぜ正確に自分の家に帰ってこれるのかとても不思議です。
これは猫は自分の体内時計と太陽の位置関係を
日頃からしっかりと記憶しているために、
見知らぬ土地に放たれても
自分の体内時計と太陽の位置を照らし合わせることで
かつて自分がいた場所とのズレを認識し、
そのズレが小さくなる方向へ進むことでいずれ家にたどり着く。
といった説があります。
他にも磁気感知能力があるとか、
自分の決めた目標の方角を向いた時だけ活性化するという
方向細胞を持っているとか
なんかいろんな説があってどれが正しいとかは
あまりこだわらないんですが、
とにかく犬のように
猫にも帰巣本能というものがあるということは確か。
昔飼ってたうちのねこの話。
僕が小学生だったころ、うちには「ぎん」という猫がいました。
アメリカンショートヘアーに似た、黒と灰色と白のしま模様のねこ。
銀色っぽいから「ぎん」って名前をつけた。
ぎんはとてもやさしい猫で人なつっこく、
しっぽを踏んでも「に゙ゃー!」って言うだけで
絶対に怒らないような大人しいねこでした。
家族にとっても懐いてて、
僕が寝る時、ぎんはよくゴロゴロ言ってふとんに乗っかってきては
一緒に寝てたものでした。
新しく引っ越しをすることになった時、
もちろんぎんも一緒に連れていくもんだと思ってました。
しかし母親に「ぎんは連れていかれへん」
と言われました。
元々おばあちゃんが外をうろついて菌を家に持ち込んでくる猫を
あまり好き好んではおらず、新しい家には
猫なんか連れてきてほしくない、と言ったそうです。
「なんでやねん!ぎん置いてけぼりにするん!?」
「なんで人間の勝手でぎんが残されなあかんねん!!」
もう理解できんくて涙出しながらお母さんに反発した。
「ぎんこれからどうなるんよ!勝手すぎるやん!!」
「・・・しょうがないやんか!」
お母さんの目にも涙が溜まってるのを見て
それ以上何も言えんくなった。
結局ぎんを残したまま引っ越しすることになった。
引っ越し先は2キロほど離れた所でそんなに遠くないところ。
でも前の家はしばらくそのままにしておく事になってたので
お母さんと一緒に、何日かに一度ぎんのエサ入れの箱に
大量のエサを補給しに来てた。
だから前の家の二階にぎんが住み着いたままの状態が続いてた。
二階の窓はぎんが出入りできるように工夫しておいた。
次第にエサを補給しに行くのをお母さんにまかせっきりになってしまい
僕はあんまりぎんの様子を見にいかなくなってた。
数ヵ月後、久しぶりにぎんの様子を見に行った時にビックリした。
二階で座ってたぎんは太りまくって全く違う姿になってたのです。
ぎんは昔、しっぽを車にひかれた事があって、
先から10センチほどの辺りがつぶれて少し平べったくなってるので
太って変わり果ててもしっぽを見たら分かる。
ぎんも僕を見てうれしそうにこちらに寄ってくる。
「ぎん、ごめんなぁ。」
そう言っていっぱい撫でて抱きしめてあげた。
「ぎん、下に降りよう。おいで。」
そう言って僕は二階から階段を下りた。
うちの階段はとても急で、はしごを少し倒したくらい急なので
降りるのも毎回ちょっと慎重になる。
下まで降りたとこでおかしなことに気付いた。
あれ? ぎん? なんで降りてこやんの?
ぎんは上からこちらを見て
「にゃぉぉぉ・・・・」
って鳴いて何か訴えてる感じだった。
もしかして・・・
太り過ぎて階段が降りられんくなってしまったんか・・?
衝撃だった。
飼い主が急に家からいなくなったからか
猫なのにすっかり大人しくなってしまって
いつも二階のこの部屋でじっとしてたんか・・・
二階からこっちを見て
「無理やねん・・・降りれないんよ・・」
って言ってくるぎんを見てすごく胸が痛んだ。
でも結局僕はどうする事もできなくて
親の車でいつも通り新しい家に帰った。
それから何カ月かたって、
昔の家をあるおばあさんに貸すことになったと聞いた。
ぎんはどうなってるんやろう・・とぼんやり思ってた。
まだあの家にいてるんかな。
それとももう外でのびのび暮らしてるんかな。
当時、小学校中学年の僕はピアノを習っていて、
練習が大っ嫌いだった僕は
「ピアノ教室の日」である火曜日の
出発30分前しか練習しなかった。
しかし、たまにその唯一の30分の練習時間に合わして
図ったかのように家にお客さんが来る時があり、
応接間にピアノがあるために、
僕は練習が一切できないままピアノの先生の顔を
拝みにいくことになってしまうハメになる事が度々あった。
しかし練習ゼロだとやっぱり先生に怒られるので、
火曜日夕方にお客さんの来る時は、
おばあさんの住む、前の家に置いてある
ピアノで練習させてもらうようになった。
おばあさんはとても優しく、
僕が来るたびいつも喜んで紅茶を出してくれた。
僕はそこで紅茶の味を初めて知った。
いくら砂糖を入れてもなかなか甘くならない紅茶を飲みながら
僕はおばあさんに聞きました。
「あの、この家で灰色の猫を見かけたりしませんか?」
「えっ?ねこ? いやぁ猫は知らんだがねぇ~」
「二階でずっと飼ってて結局置き去りになったんです。」
「そうかい。でもおばあちゃんは知らんねぇ。」
「ちょっと二階見ても良いですか?」
「いいよぉ。」
二階に上がって見渡した。
かつての僕の覚えてる二階とは変わっていて
そこにはぎんの姿も無く、呼んでも返事はなかった。
それからおばあさんの家にピアノの練習をしにいく度に
「あの、灰色のねこはまだ現れませんか?」
と聞いていました。
きっとぎんは自分で外でたくましく生きてるんだろう。
そしてやがてうちでは新しい猫を飼い始めました。
おばあちゃんに内緒で二階でこっそり飼ってました。
やがて月日と共におばあさんの家にも行かなくなっていた僕は
新しい猫を可愛がってた事もあり、
ぎんの事をあまり考えなくなってました。
ぎんを置き去りにしてから数年たった。
確かもう中学生になってからの事だったかな。
親に頼まれて畑の野菜をとりに裏庭に向かった時、
そこに一匹の灰色の薄汚い痩せたねこがいた。
まさかと思った。 いやでもあり得ない。
あいつが手掛かりも無しにここに来れるワケがない。
少し戸惑いながらその猫に声をかけた。
「・・・・・・・・ぎ ん?」
「にゃー」
その猫は返事をして寄ってきた。
嬉しそうに、やさしくその猫は僕に体を擦り合わせてきた。
確かに灰色だけどかつてあった縞模様は薄くなって
体は少し痩せてて全体的にどす黒い灰色になってる。
ほんまにぎんなんやろうか。
でもこのあたりの猫はどれも人の顔を見たら
すぐに走って逃げていく猫ばかりで、
こんな見知らぬ人間に寄り添ってくる猫なんか
引っ越ししてから一度も会ったことがない。
しっぽを見た。
先っちょから10センチのあたり。
そのしっぽは少し平べったくなっていた。
涙が溢れながら僕は困惑した。
でもかつてのぎんのしっぽはもっと平べったかった気もする。
分からない。本当にぎんかもしれない。
「ぎん? お前ほんまにぎんなんか?」
「にゃー」
「ごめんなぁ・・・・ ごめんなぁ・・・」
そう言うと、その猫は
よっこらせ、
っといった感じでゆっくり向こうへ歩き出し、
こっちを振り返っては
「にゃー」
って何回かいいながら歩いていった。
満足気にまたどこかへ歩いていくその灰色の猫の後ろ姿は
何か目的を達成したような姿にも見えて、
僕は追っかける事が出来ずに
ただ見てるしかできませんでした。
僕がその灰色の猫を見たのは
その日が最後でした。
あの猫が本当にぎんだったかどうかは
僕にもわかりません。
まず、かつての家に帰る帰巣本能とは少し違う。
たった2キロとは言え、見知らぬ土地に住む
前の主人の新しい家なんかどうやった見つける事が
できるんやろうか。
こんな記事がありました。
かつてウズベキスタンで飼われてたカリムという猫が、
ぎんと同じように置き去りにされ、飼い主はロシアに引っ越し。
飼い主は住み慣れた土地に残す方がカリムの為だと思ったらしいです。
その後カリムを託した知人からは「猫がいなくなった」と話を聞くも
それ以来猫の話を聞くことはありませんでした。
しかし、2年後のある日、3200キロ離れたロシアにある主人の家の玄関に
薄汚れた猫が待っていたというのです。
その猫はガリガリで汚かったらしいのですが、
カリムは特徴的なキズがあったのですぐにカリムだと分かったそうです。
2年で3200キロ先の主人の元へ・・・・
数年で2キロとか全然あり得るじゃないか。
あれはきっとぎんだと思う。 そう思いたい。
置き去りにされて、次第に知らん人間まで住み着いて
自分の居場所を奪われてしまったぎんが、
数年かけて前の主人を探しに来てくれたのかと思うと
今でも涙が出てくる。
次、ねこを飼う時は
その子がうちで一生を終えれるまで
一緒に暮らせると誓えない限り
絶対に飼いたくない。
本当にねこが好きなんだけど
半端な状況では決して飼いたくないんです。
でもねこと遊びたいなぁ。
家に帰ったら猫がいててほしい。
ひざに乗せて一緒にテレビを見て
顔を引っ張って遊んで
ふとんに忍びよるゴロゴロ鳴く声を毎日聞きたい。
ねこカフェに行きたい。
それではさようなり。