本日2つめのブログ記事。
1月20日、私の中ではこの日が生観戦でのベストバウト。
昨年も挙げましたが、この試合を挙げずにはいられません。
1997/1/20 大阪府立体育会館
▼三冠ヘビー級選手権・60分1本勝負
○<挑戦者>三沢光晴(42分6秒、片エビ固め)小橋健太<王者>●
※ランニング・エルボー
年齢的にも、キャリアその他を考えても、
97年、98年というのは、
三沢VS小橋の頂点の時期だと思います。
凄絶。極致です。
本当に見に行って良かった、そう思います。
なぜか、私はこの日が全日本最後の観戦になってしまったんですよね。
この時期、もっと見に行っていればよかったと、
今になって後悔する自分がいます。
せめて90年代はフルで、
見に行っておきたかったと。
どうしても懐古になってしまうんですが、
一日でいいから、
当時のプロレスを見に帰りたい、そう思います。
昨年の記事を、改めて、以下に挙げておきます。
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あのとき、生で見てよかった、
そう思う試合って、
本当にそう思う試合って、
ありますか?
私は、今ならこの試合を挙げます。
1997/1/20 大阪府立体育会館
▼三冠ヘビー級選手権
<王者>小橋健太 VS <挑戦者>三沢光晴
入場シーンで、偶然かどうかはわかりませんが、
「エース」についての話を、
実況の山本純也アナが熱く語ってくれています。
この試合は、昨年7/20に小橋建太トークライヴ・大阪大会に参加した際、
ファンと振り返るベストバウトのときに、
私が推薦した試合で、
数ある候補試合の中から、採用された試合です。
私が挙手して、この試合を推薦したときに、
小橋さんと話す機会が与えられ、
私は小橋さんに、
「この試合の前に、小橋さんはご両親にお電話をされて、『明日死んでも三沢さんを恨まないでくれ』と話されたそうですが…」
と、極度の緊張の中、頑張って話しました。
そうすると、小橋さんは、
「エース」というものについて、熱く語ってくれました。
…そのときは自分がチャンピオンだけど、エースは三沢さん。
ファンや周りが認めるのがエースで、それは三沢さん…
そんなお話をしていただきました。
試合は、三沢が勝ちます。
小橋はチャンピオンの座も失いますし、エースの座も三沢から奪えません。
でも、小橋さんは、
…あの試合が、自分がエースに駆け上がるのに、
大きな試合だった…
そう、おっしゃっていたような記憶があります。
すみません、小橋さんの話された言葉を…~…で記したのは、
当日、本当に緊張していて、
おぼろげにしか覚えていないんです。
おぼろげな記憶と、当時のプロレス雑誌や、
その後の記事その他の記憶を寄せ集めて、
記憶する限り書いています。
もし、誤りがあったらごめんなさい。
今からもう17年も前のことなんですね。
ちょうどプロレスに興味を持ち始めたある女の子と、
二階席で観戦していました。
ふたりで三沢を応援いましたね。小橋さん、ごめんなさい(笑)。
しかしね、あの小橋の三沢への執拗なヒジ攻めは、
もう、これ確か一回ブログに書いたと思いますが、
本当に三沢のヒジが折れるんじゃないかと、
思うぐらい執拗で、ヤバかったです。
もう、その子が今にも泣きそうな感じで、
私の腕をつかんでましてね。
すごい試合でしたよ。
たぶん、今まで私が見た中で、
最も壮絶な試合だったと思います。
生で見た中では、
ベストバウトかもしれないなあ。
この試合を生で見れたことに、
誇りを持っていますし、
そんな試合を、
のちに小橋さんに取り上げていただいたことも、
自分の中で誇りというか、宝物に思います。
自分って、弱いなあと、思います。
そんな、タイミングです、今日。
すごいです、このふたりは。
何なんでしょうね、三沢と小橋。
本当に自分って、情けないほど、弱いです。
おわかりでしょうか、
10周年でこの試合を、メインに持ってきた私の思い。
トークライヴのときに、
すでに小橋さんとは約束していましたから。
「今年のライヴでは、あの試合をメインでやらせていただきます」と。
これしかなかったんですよ、私が選ぶなら。
私が選ぶから、ね。