無題 | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

多種多様な選択がある自由の中で、

現実的な努力によって安定が手に入る状況のときに、

あえてその安定を手にしない方向性というのが、

批判されるとしたら、

それは自由なようで自由ではないのではないかと、

リスクを背負う必要がないときに、

あえてそのリスクを背負う方向性というのが、

非難されるとしたら、

それはやはり自由ではないのではないかと、

そのときの世の状況によって、

なかば洗脳されるか抑圧されるか、

それが自主的であろうがなかろうが、

生きるということ自体の定義が様々にあるかもしれないが、

結局は自分というものを自分のメガネで、

他のパズルのピースとは似ていようが似ていまいが、

完全に同一のものがないものとして、

よりシャープなものとして貫くことが、

できるかどうかが、

結局は自分というものを自分の価値を、

自分で絶対的に認められるようになることには、

常識をしかと認識した上で、

常識を疑うという中で、

自分に責任を負う自由に行き着くが、

そこに他者の存在をなおざりにしては、

本当の自由には行き着かない。