当時の全日の会場 | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

この時期の全日本プロレスといえば、
スーパーパワーシリーズですが、
5月の天王山は、
なんといっても札幌決戦ですよね。
札幌と言えば、そう、
札幌中島体育センターでした。


当時の全日本は、場所によっておさえる会場が決まっていたように思います。
私の中でのお決まりの場所は、


北海道は、札幌中島体育センター、函館市民体育館、
帯広市総合体育館など。
仙台は、宮城県スポーツセンター。

東京は、やっぱり日本武道館と後楽園ホール。

関東地方で印象に残っているのは、
横浜文化体育館、横須賀市総合体育館、
千葉公園体育館、松戸市運動公園体育館、
大宮スケートセンター、小山ゆうえんちスケートセンター、
伊勢崎市民体育館など。


長野は、松本市総合体育館。
愛知は、愛知県体育館よりも、露橋スポーツセンターが最強タッグとしては懐かしい。
京都は、醍醐グランドーム。私の生初観戦の場所。
大阪は、大阪府立体育会館。
岡山は、岡山武道館。
香川は、高松市民文化センター。


福岡は、博多スターレーン。
大分は、県立荷揚町体育館。


そんな感じ。
福岡は、行ったことはないけど、
広い福岡国際センターよりも、
天井の低い博多スターレーンの方が、
会場の一体感が出ていい、
という馬場さんか誰かの意見があったように記憶しています。


そう、で、今の時期と言えば、
5月の札幌決戦なんですよね。
中島体育センターでの札幌2連戦とかもありました。


93年5月は20、21日での連戦。
初日は、川田&田上組の世界タッグ奪取。
二日目は、三沢の三冠防衛でした。


そして翌年は、思い出の地に川田&田上が、
再び世界タッグ奪還を目指して戦いました。
四天王対決です。


1994/5/21 札幌中島体育センター
▼世界タッグ選手権
<王者組>三沢光晴、小橋健太組 vs <挑戦者組>田上明、川田利明組

https://www.youtube.com/watch?v=Fdqwp44JRUQ


前年に川田が超世代軍を離脱、聖鬼軍を結成し、
三沢、小橋、川田、田上の四天王対決がスタートします。
そのちょうど1周年記念のような、世界タッグ選手権です。


もうこの時期に、ものすごい密度の濃い戦いとなりました。
お客さんの盛り上がりぶりも、すごいですよね。
印象として、特に札幌と仙台のファンは、
館内の盛り上がりがものすごかったような記憶があります。


もうこの時期に、40分やったんですね。
40分25秒、小橋のムーンサルトで王者組が防衛します。
いや~すごい試合ですよ。どっちが勝ってもおかしくない。


観戦して興奮し過ぎて楽しみ過ぎて疲れるような、

そのまた心地よい疲労感というか、

そんな感じがする時代でした。


本当にめちゃくちゃ面白かったし、
めちゃくちゃ興奮したし、
めちゃくちゃのめり込んでたのが、
客観的に見ても納得です。


四天王プロレス、本当にすごいですよ。
もう真似できないですよ。
ほんと、幸せでしたね、当時は。
そして今映像で見ても、思い出しても、幸せなんです。
そう思える当時のファンは、たくさんいると思います。


昭和とはまたその良さが違う、本当に素晴らしいプロレスでした。
季節感もあって、本当に温かい全日本プロレスでした。
会場もね、ひとつひとつの会場を、大切にしていたように思えるのが、
素晴らしいなあと、思うのです。
学ぶことは、たくさんありますね。