京大、阪大、神戸大の数学を解いて感じたことを記します。
しっかりとした数学の学習をしてきている受験生を取りたい、
という大学の考えがわかります。
「本物」を選別したい、とも言えます。
今年の入試は、
模試などで点数が出なかった受験生は、そのまま本番の試験でも点数が出ず、
模試などで点数が出ていた受験生のうち、
本当に理解して点数を出していた受験生「本物」と、
理解不十分で点数を出していた受験生「偽物」とでは、
本番では「本物」はしっかりと得点が取れ、「偽物」は得点が取れない、
そのような、適切な問題が並んでいるように思えます。
昨日の記事で、
良い方向に向かっていると記したのは、その意味で、
数学の正しい学習を促す方向に進んでいると感じます。
この点で、受験生はもちろん、指導する側も今一度、
数学の指導が適切であるかどうかを考える必要があると思います。
とにかく問題を数多くやらせるだけというような指導方法を取っているならば、
はっきり言ってしまえば、それは高いレベルの受験生に対しては害になるので、
やめないといけません。
これは本質的には今に始まった話ではないのですが、
京大、阪大、神戸大など、難関大学を目指すならば、
正しい学習を指導せねばなりません。
教科書の学習をおろそかにし、問題集ばかりやらせるとか、
頻出問題の解法ばかり身につけさせるとか、
受験生には輝いて映るが、本質を捕まえていないような教え方は、
今まででも批判されるべきでありますが、
この流れの中では、さらに批判されるべきであると思います。
さらに、受験生にとって心しておかないといけないことは、
そもそも学習というのは能動的であるべきで、
受け身であるべきではありません。
人の助けを借りず、興味を持って、
自分で深く考え、しっかりと理解する、そして楽しむ、
という、学びの根本を大切にすべきでしょう。
その中で、どうしても自分では進めない科目、単元等は、
人の手を借りる。でも、主役は自分、というスタンスでないと、
本当の学力はつかないでしょう。
やはり、学問に王道はありません。
自分が大学に合格したければ、
自分で考え、自分で実行し、自分で解決するしかないのです。
今年の京大、阪大、神戸大の数学は、
いたずらに難しいわけでは全くないので、
わかっている人にはさほど難しくなく、
わかっていない人には難しく感じる、
そういう学力判定試験としては、
かなり適した試験であったと思います。