総合格闘技はもちろん、最近はあまりプロレスを率先して見ていなかったので、
IGFという何か猪木の団体があるのは知っていたが、見ることはなかった。
たまたま今日、テレビでやっていたので、
そして鈴川真一が出ていたので、ちょっと見てみた。
というのも、やはり私は大相撲が好きなので、
鈴川と言うと、私の中ではまだ若麒麟なわけで、
大相撲ファンとしては、若麒麟に、いや、鈴川に勝ってほしいのと、
あの過ちからどう立て直し、
はたしてどういうファイトをしているものかと、
それを見たくなった、たまたまちょっと気が向いただけであった。
正直、最近のプロレスには興味があまりないので、
正直言うと、最初は少し我慢して見ていた。
チャンネル替えるのを我慢して、という意味である。
が、いやいやどうして、次第に普通に集中して見ているようになり、
鈴川以外の試合も全て見てしまった。
てっきり、IGFはいわゆる総合格闘技に属するものだと思っていたが、
これは私の勉強不足で、
プロレスの色が残っているというか、
これは、プロレスに類するものなのかもと、
よくわからないが、珍しく、ちょっと惹かれてしまった。
正直言うと、ますますプロレスというものがよくわからなくなった感がある。
よく、総合格闘技とプロレスは、ガチンコか否かという分け方をされがちだが、
そうではなく、ガチンコという次元がちょっと分け方の次元ではないような気がした。
プロレスというのは、私が思っていた以上に、
さまざまなプロレスがあるようである。
どういうプロレスが好きかは、もちろん人による。
少なくとも、今日のIGFに私がどこか惹かれたのは事実である。
ファンにこびるのか、そうでないのか。
前者だと、何かしら作られたものでファンを惹きつけようとする。
後者は、そうではない。
ここには、いわゆるしょっぱい試合も確かに存在する。
IGFは完全に後者ではなかろうか。
誤ったことを言うかもしれないが、
今自分が感じていることを記す。
反論はあるかもしれないことを、前置きにしておきます。
猪木は、凋落したプロレス界に欠けているもの、
または失いかけているもの、
そのプロレス界に何か訴えかけるものを
やっている、やろうとしているのかもと思った。
しょっぱい試合があってもよいと思う。
ファンがそれを受け入れられるか、
我慢できるかである。
何度も言うが、勝手な私の考えである。
これは、時代の逆行ではなかろうか。
これは、良い意味でである。
逆行というと良くないかもしれない、
プロレスの良さを引き戻す、そう表現するとよいのかもしれない。
人の評価を気にして、上っ面を塗りたくる、
その、あまりに意味のない、魂が抜けた、
そんな媚びたことを、付け焼刃的にやっても、長続きしない。
そういうことは、長いスパンで見たときに、
必ずガタがくる。
そうではない、魂こもった、本質的なことを、
猪木はやろうとしているのか、と、思った。
まだ、今日初めてちゃんと見ただけなので、
よくわからないが、ちょっと、今後IGFを見ていこうと
思った今日である。これは、個人的には、大きな出来事のように思う。
話を最初に戻すが、
鈴川選手は自分が思っていたより奮闘十分、動けるし、
個人的には、さらに応援したくなった感がある。
大相撲で観ていたより、何か伝わってくる。
いまさらこんなことを言うのはよくないが、
過ちは誰にでもあるものだと思う。
その過ちを受け止め、確かに消化し、
自分が真に近づけば、
そうなれば、表面的に生きて法を犯していない人たちより、
ずっと人間を生かしているように思う。
仮の現実や、地位や名誉や、金や表層ではない、
真の魂を見せてほしい。
相対的ではなく、絶対的に生きる、
それが、人間というものだと私は思うから。
7/14、大阪府立に見に行こうと思ってます。
頑張れ!鈴川真一選手!