ジャンボ鶴田追悼 | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

ジャンボ鶴田選手が亡くなって今日でちょうど12年。



干支がひとまわりしてしまった。



私は鶴田最強説に賛同するひとりだが、

いわゆる「善戦マン」時代の鶴田から

馬場さんに替わっての「全日本のエース」へ。

そして三沢などに立ちはだかる壁から、

ちゃんと三沢にエースを継承していく。



馬場→鶴田→三沢へと継承されたエースの座。



この世代交代の説得力は重要で、

そこには「善戦」時代が必要。



もちろん鶴田ばかりが善戦マンをしていたわけではない。

三沢も鶴田が壁だったからこそ、その鶴田を超えたからこそ

その後の確固たるエースの座につくのである。



ノア旗揚げ後には絶対王者に君臨した小橋も、

全日本時代にはしっかりとした善戦マン時代があった。

それが、あのハンセンとの試合だったりするわけだ。



ここに、番狂わせはいらない。

前も記したが、説得力ある番狂わせでないと意味がなく、

短時間決着では基本的に説得力は生み出されにくい。



実は、秋山が田上に短時間で勝った試合があった。

97年ぐらいかな。

正確な年月は記憶にないが、確か大阪府立体育会館での出来事だったと思う。



あのような試合は、昔の全日本なら、ある意味「許されなかった」マッチメイクではなかろうか。



こうなると、これを生かすも殺すもその後の展開にあると思うのだが、

この後の展開には説得力が「まだ」あったような気がするので、

許される番狂わせになるのかもしれない。



いきなり王者になって、何回も防衛したところで、

説得力を出すには難しいと思うのである。



エースの継承は、先代のエースが次代のエースを育て上げるところにある。



大相撲でも、横綱が次の横綱を育てあげないといけない。

次代が出てきてから、横綱は身をひくもの。

千代の富士が当時の貴花田に敗れて引退するのは、

見事なまでの時代の変遷だったように思う。



白鵬もここ何場所かは強さに陰りが見えてきた。

特に今場所は、良くない。

体調が良くないのだろうが、ピークは過ぎてきたのかもしれない。

まだ、世代交代と言うには早すぎるが、

白鵬もひとり横綱が長すぎるので、かなりつらいところだろう。



いやしかし、鶴田は最後まで強かったなあ。

鶴田は病気で戦線離脱をしてしまうので、

強さに陰りが見えて引退したわけではないのだが。

最後まで強かったことには変わりない。



もちろん、もっと長生きしてほしかったし、強い鶴田をもっと見続けたかったのだが、

強いままで亡くなられたから、私の中では強すぎる鶴田以外の鶴田のイメージはわかない。



その強さは、私が小学校から中学、高校そして大学と、

テレビで見てきた鶴田のレスリングが、

私には説得力がありすぎるからなのだと思う。



そんな中、あの笑顔は素敵だった。

田上とのコンビでゴディ&ウイリアムスから世界タッグを獲った試合後なんか、

優しい笑顔だったもんな。



ありがとう、ジャンボ鶴田。

我々はJを大切に、いつまでも演奏し続けます。

オー!!