高梁川沿いの国道を南東に下り
総社市街の北方、吉備高原の南端に位置する
鬼城山(きのじょうさん)に築かれた
鬼ノ城(きのじょう)を訪ねました。
標高約400mの鬼城山までのアクセス道は
狭い幅員や急勾配箇所がありすれ違いの際の
坂道発進に苦労(^_^;)しながらの運転。
備中松山城ほどポピュラーではなく
観光客も少ないだろうと想像していたものの、
到着すると整備されたパーキングに多くの車が
停まっておりこちらも人気観光スポット。
鬼ノ城は、公益財団法人日本城郭協会が選定している
日本100名城にリストアップされている古代山城。
ここのところのお城ブームの中、
100名山と同じような解釈で
現存12天守にとどまらず日本の名城100の
訪問とリアル体験を目指す方も多いことでしょう。
私もそんな俄か城郭ファンの1人です。
まず、鬼城山ビジターセンター内の展示を拝見。
こちらは入場無料ですが、
築城の歴史背景や発掘品の説明等
現場見学前に予備知識が頭に入り
歴史ロマンへの興味をより深めてくれます。
説明によると鬼ノ城は古文書に記載が一切なく
その築城の経緯として…
… 時代は7世紀、
中国では唐が隋の法制度を発展させ
律令制や租庸調等のしくみで安定統治を進めた頃、
朝鮮半島では三国(高句麗・百済・新羅)が覇権を争った頃、
日本では飛鳥時代、大化の改新の約20年後、
663年の白村江の戦いで
交流の深かった百済と同盟した倭国が
唐・新羅連合軍に大敗北後、
更なる日本本土攻撃への危機感が高まり
時の朝廷が西日本各地に防衛拠点を築いたという。
鬼ノ城はそうした防衛拠点の1つの古代山城
であるという説が有力とのこと。
ビジターセンターで予習後、現地を散策。
その広さは鬼城山の広大な擂鉢状台地の上に
外周約2.8kmの土塁を巡らせ
場内の面積は約30ha…というと、
俗に言うスケール感で東京ドーム6個半分
ということになります。
パンフレットに散策モデルコースが3つ示され
其々所要時間 30分、50分、2時間。
気持ちは鬼ノ城一周コース2時間を歩きたかったのですが、
いつもながら計画精度不足のユトリなしの旅になりがちで
結局、所要最短コース往復1.5kmの散策にしました。
復元された西門と角楼を見学し
ビジターセンターに戻りました。
またの機会ぜひ再訪し1日かけて散策したい…
そんな古城遺跡でした。
鬼ノ城は国の史跡に指定されています。
鬼ノ城西門(復元)…眼下に岡山市街方向を一望
鬼ノ城案内パンフレットの城の縄張図
鬼ノ城見学後は一路今宵の宿泊地、
倉敷市街中心部へ移動。
倉敷の宿に到着したらもう夕刻。
夕飯はグルメ処を物色する心の余裕がなく
手軽に近場ですませました。
黄昏時に倉敷川沿いの美観地区を
散歩しようと当初は計画していましたが、
徹夜運転の反動で眠気に襲われ
歩き回る元気もなくなり退散、
明日のしまなみ海道行きに備え
早い時間に就寝しました。

