みたび京ぶらり散歩② 古刹巡り | クローリングモンキーのたわごと

クローリングモンキーのたわごと

諸行無常なれど素敵なことが
溢れたるこの広い世界。
日々の由無しごとを
普遍的な好奇心をもって
徒然なるままにつぶやきます。

古きを温ね堀川五条の宿を拠点に

神社仏閣を巡りました。

 

堀川通沿いの浄土真宗本願寺派の本山

西本願寺(龍谷山本願寺)を参拝。

秀吉の聚楽第遺構の一部を移築したとされる

楼閣「飛雲閣」を一目観たかったのですが、

修復作業中で建屋全体がシートに覆われていました。

修復が完了したらまた訪ねようと思います。

 

西本願寺 阿弥陀堂・御影堂

 

浄土宗の総本山知恩院(大谷寺知恩教院)へ。

夕方5時半参拝者も観光バスも少なくなった黄昏時、

三門までの奥行きのある静かな参道を歩きましたが

すでに拝観時間は終わっており、

三門前から厳かな心持ちで手を合わせました。

 

参道の途中左手にある無患子の巨木は

市指定の天然記念物で江戸元禄期に

造成中の築地から植栽されたものだそうです。

 

 

参詣道の無患子の大木

 

知恩院三門

 

旅の2日目は、JR奈良線で宇治へ。

まず、平等院を訪問。

藤原道長の別荘を子の頼通が譲り受け

1052年に仏寺としたのが古刹としての始まり。

「この世をば我が世とぞ思う望月の…」と道長の

短歌を思い出しながら往時の優雅な暮らしを想像します。

現在は天台宗・浄土宗両者に属する単立寺院だそうです。

ミュージアム鳳翔館で十一面観音立像や雲中供養菩薩26躯

等の収蔵品を時間をかけて拝観堪能しました。

 

平等院鳳凰堂(阿弥陀堂)

 

次に宇治川を渡り向こう岸にある

宇治神社・宇治上神社を参拝。

宇治上神社の拝殿は鎌倉時代初期の木材、

本殿は平安時代末期の木材が使われており

こちらは神社建築では日本最古だそうです。

 

宇治上神社鳥居と世界文化遺産石碑…篆書体がいい雰囲気

 

宇治橋の袂まで川沿いに歩き、

京阪電車で宇治から六地蔵駅下車少し歩いて

乗り換え地下鉄東西線で醍醐駅へ。

駅から市営住宅街の道を抜け1kmたらず歩き

醍醐寺を訪ねました。

醍醐寺は真言宗醍醐派総本山。

874年に上醍醐(笠取山)に堂宇を建立して開創後

下醍醐(山麓)にも伽藍建設が進み

平安後期には大寺院となり勢力拡大したそうです。

その後応仁・文明の乱で消失荒廃するも

桃山時代に豊臣秀吉の庇護を受け復興。

ということで、まずは秀吉が晩年に醍醐の花見

を催した三宝院を見学。

寝殿作り様式の表書院の縁側から

穏やかな気分で暫くの間庭園を眺めていました。

 

三宝院・書院から庭園を眺める

 

仁王門から下醍醐エリアの伽藍に入ります。

先日の台風の被害か倒木が多いのが気になりました。

金堂・五重塔・祖師堂…と歩を進めますが

天侯不安定で雨が降りだし観音堂までで引き返しました。

最後に霊宝館を見学。

 

仁王門をくぐり下醍醐伽藍へ

 

五重塔は戦乱による火災を唯一免れたそうです

 

今回は三宝院・伽藍・霊宝館のセット観覧券で

下醍醐だけ歩きましたが、またの機会には

上醍醐にも入山しもう一度じっくり境内全域を

見て回りたいと思う大スケールの名刹でした。

 

醍醐駅に戻り東西線で東山まで移動。

このあと、前日に行列が出来ていて相当美味であろうと

目をつけていた東大寺通沿いの中華食堂マルシン飯店さんに直行。

まだ3時半でしたが入店待ちの行列に加わって40分程で入店、

安くて美味ボリュームある中華の夕食でした。

満腹で苦しいけど暮れなずむ街の夜景を楽しみながら

五条までゆっくり歩くこと1時間半で宿に帰着。

 

さて旅の最終日、京都滞在は午前中のみの日程にて

早めにチェックアウトし堀川通を二条城目指して北上。

大手門前に到着したらすでに観光客の長い列、

待ち時間が勿体無く入城を断念。

そこで、JR二条駅まで西に歩きその後南下し、

新選組に由のある壬生寺を訪ねました。

こちらの境内は新選組の軍事訓練場になっていたそうです。

屯所の1つ旧前川邸も訪問。

邸内の一般公開はありませんが、

新選組グッズのショップがあり

沖田総司や土方歳三ファンが喜びそうな

色々な商品がデイスプレイされてます。

 

壬生寺表門

 

古刹周りはこれで終了。

一旦預けた荷物を取りに宿に戻り京都駅まで最後の散歩。

台風の影響なく時間通りのこだまで帰途につきました。