暴行事件発覚から既に1ヶ月半、
なかなか結末の見えない角界のトラブル。
行方不明の貴ノ岩関の心身の状況を案ずる相撲協会の
聴取にも頑として応じず黙して語らぬ師匠が
一連の報道の主役に躍り出ている感じがするこの頃。
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌う…ドクターXを
彷彿させる孤高のオーラを感じます。
そして、
それに相対するのが日本医師倶楽部のドン内神田会長ならぬ、
記録では断トツ孤高の存在となっている大横綱白鵬関。
そんな確執構図を浮き彫りにした報道で
相撲ファン以外の注目も集めています。
(ドクターX風のナレーション…)
これは、一匹狼の親方の話だ!例えばこの男…
協会を嫌い、呑み会を嫌い、かち上げ・張り差し・猫だましを嫌い、
真っ向勝負で成し遂げた22回の幕内優勝の誇りと
唯一存命の一代限り年寄として角道を不惜身命精神で
追求する孤高の姿勢だけが彼の武器だ!
そんな第65代横綱貴乃花親方の妥協を許さぬ行動の
根っこにある思想に触れられるかなと思い、
ちょうど5年前、40歳の時に半生を振り返って著された
自叙伝「生きざま」を図書館で借りて捲ってみました。
本の中の「相撲道」のセクションで
親方として弟子の教育に対する強い思いを語っておられます。
・相撲が強くなるだけでなく、人生が豊かになるような教育が大事。
・教育の軸となるのは礼儀。相撲道は礼に始まり礼に終わるもの。
・相撲を通して日本文化を学び母国に対する誇りを育てる。
・武器も持たず、防具もつけず、一体一、生身でぶつかり合う相撲は、
相手に対するフェアな価値観をそれぞれに与える。
等など…その相撲哲学に共感を覚えます。
最終章では、
「私はいつも『真っ直ぐ』を選択する。
堂々と胸を張って己が信じた道をこれからも進んでいこうと思う」
そして、「裸足で鍛える文化」(注*)が
過去においてもこれからの日本の教育においても不可欠で、
その真意を理解している日本人の横綱を育てることは極めて大事で
それこそが日本の伝統文化の継承につながる。」
「国境を超えて相撲界に入ってきた仲間たちも一緒に、
国技館という神聖な場所で切磋琢磨しながら、
この素晴らしい伝統文化が継承され続けることを切に願う。」
と結ばれています。
*著作の中にその意味するところの説明はないのですが、
「裸足で鍛える文化」とは、
相撲道を通して日本人が元来から持っている健全な生き方、
美しい暮らし方を取り戻すため親方が提唱されている…
『核(コア)』を持ち軸がぶれない心身を作るための哲学
「シコア(SHICORE)」=四股+コアと
同意で使われているのではないかと思われます。
理事として巡業部長として協会の調査に協力しない
貴乃花親方への厳しい意見もありますが、
この本を読んで、今回のトラブルへの対応も
まずは愛弟子を守ることが第一
そして最後まで自分の考える真っ直ぐのやり方を
貫徹されるであろう事を確信しました。
貴乃花部屋HPの親方ダイアリーの中に横綱の品格について
記述がありました。
横綱になる品格とは、
品質ではなく、人間がもつ本来の姿と形
2つを踏まえて生きる型となる
品格は品性のこと
力量は情動のこと
抜群は生き方のこと
これらを踏まえて横綱である。
(貴乃花部屋ホームページより)
最近では記録の積み上げが目標となり、
土俵での品性より勝つことが横綱の品格と考える白鵬関と
生き方そのものが横綱の品格と考える貴乃花親方。
相撲道の哲学の違いですから対立の溝は深いですね。
貴乃花親方は、国籍など出自に関係なく、
相撲道の頂点としての地位にそぐわない立ち振る舞いは
ご自分の相撲哲学の中では許容できないのだろうし、
角界の大看板ゆえ、それを許容している協会幹部にも
不信感があるのでしょう。
そんな白鵬関を反面教師としてだったのか
ここのところ日馬富士関が軽量ながら引き技やいなし
も使わない真っ向勝負に拘って土俵を勤めていた姿をみて
私としては、
横綱5年目にしての本物の品格が備わったなと感じていましたので
自らの過ちとは言え今更未練がましくも現役引退が残念でなりません。
さて、明日の危機管理委員会の報告及び臨時の横審と理事会で
一連の騒動の関係者にどんな処分が下されるのでしょう。
貴ノ岩関の現状、貴乃花親方の意図、
今後のビジョンは明らかになるのでしょうか。
そしてもうすぐ番付発表予定の新年初場所の体制は?
来年の大相撲はどこへ向かうのだろうか。
