大学時代のサッカー(1回生編) | 共和ゴム代表取締役・寺阪のブログ

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高校で補欠(万年Bチーム)だった僕は、同志社大学では「つちのこ」というスポーツサークルに入った。

総勢200人以上の巨大なスポーツサークルで、バレー部、バスケ部、サッカー部、野球部、テニス部の5つに分かれていた。

高校時代の友人達のほとんどは違うサークルに行ったが、僕自身は同じ高校(同志社香里高校)以外の友人をたくさん作りたかったし、また同じ高校のサッカー部のメンバー以外とプレーがしたかった。。。。

劣等感もあったし・・・・・なので、あえて内部生(高校が同志社系列で内部推薦で入ってきた人のことを指す)が少ないサークルを選択した。


サッカー部に入りたかったのだが、定員オーバーとの事で、所属はバレー部となった。

しかし、バレー部でも他の部活動には参加できるので、特に気にはしなかったし、バレー自体も好きやったし。


うちの「つちのこ」っていうチームは、正直あまり強くないって言われていた。

正直、弱いから自分でもレギュラーになれるのでは・・・という期待感はあった。

しかし、同じ1回生だけで見てみると、結構多士多才である。

ホンマみんなエエ奴ばかりやし、前向きな考え方を持ってるし、最高の仲間ばかりだった。

僕が1回生の時には、レギュラー11人中7~8人は1回生となった。

しかし、精神的支柱は上級生だった。(僕はムードメーカー!!)


しかし、そこそこ強いサッカーサークルは、うちなんか全然相手にしてくれなっかった。。。

練習試合を申し込んでも断られた。。。。。ホンマむかつく。

見返すには、秋の同志社大学スポーツフェスティバルでいいとこ(ベスト4くらい)まで勝つしかなかった。

この目標にむけて、みんなで練習に励んだ。

その結果、弱い弱いと言われていた僕らがナント優勝!!!

(Bチームの3位入賞)


優勝後、今まで練習試合するしてくれなかった強豪サッカーサークルからリべンジマッチを申し込まれるが、これをことごとく返り討ちにした。これがホンマに気持ちよかった。

うちのチームは核となるポジションにエエ人材がいたし、なによりもチームワーク&チームプレーが素晴らしかった。助け合いの精神というか、みんなで個人のミスを助け、誰もがチームの為に必死に働いた。


僕はセンターフォワードのポジションを取ることができ、ただがむしゃらに得点だけを狙った。

チームでも、みんなが僕の特長を活かした戦術をとってくれた。嬉しかった!!

高校時代補欠だった僕にとっては、夢のようだった。

自分の為に、そしてみんなの為に、結果を出さなければと、体力にモノをいわせて必死で走りまくり、頑張った。結果、1回生の時は、30試合で89得点という個人記録だった。

しかし僕自身は毎試合コンスタントに得点するタイプではなく、弱い相手に1試合5~8点取ったりするタイプだった。。。最高得点は1試合13点。


しかし、こんなに多くの得点をとる事ができたのも、同じ1回生ながらFWのポジションだった川口という大親友のおかげだった。

彼はサッカーが日本一盛んな静岡県出身で、ドリブル、パス、戦術眼に優れた尊敬すべき素晴らしい技巧派選手だった。がむしゃらさだけが取り柄の僕とは全く正反対の選手だったが、なぜか僕らのプレーはとてもうまくかみ合い、自他共に認める名コンビだった。

アイコンタクト・・・目が合っただけで、あうんの呼吸でコンビプレーを決める事は当たり前だった。

彼がチャンスをつくり、僕が決める・・・・これがうちのチームの必勝パターンだった。

僕は彼のおかげで得点を重ねる事ができたので、ホンマ感謝している。


アシストばかりしてた川口・・・・・・いまだに結婚というゴールをゲット出来ていないのは・・・・かなり気になる。