高校時代・・・・ | 共和ゴム代表取締役・寺阪のブログ

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常に前向きに、チャレンジ精神をもって中小企業の経営しております。
大の歴史好きで「経営は歴史から学ぶ」をモットーに4つの会社経営に活かしております。

経営、歴史、政治経済、サッカーなどの事をブログに書いております。

高校時代は、サッカーばかりに熱中してた。。。。。


中学時代はサッカー部も途中でやめ、勉強もせずに、友達と遊んでばかり・・・・

中高大一貫教育なので、遊んでても高校に進学できることをいいことに好き放題・・・成績は230人中180~200番台をうろうろ・・・・

中学3年生の時に、学校内で大事件が起こり・・・・僕は無実なのに、先生達にその犯人扱いにされてしまう。。。。その時に、当然無実を主張するが、逆に先生から暴言を受ける。。。。。

(救ってくれたのは中学1年生時担任だった女の先生だった・・・感謝・感謝!!)


その事件をきっかけに、高校生活は生まれ変わる事を決意!!!先生達を見返したかった!!


中学3年生後半は毎日一人でサッカーの練習をし、また毎日走って体力をつけ、高校入学と同時に、再びサッカー部に入部する為に、サッカー部顧問にお願いに行った。

その時の顧問の対応は、かなり冷たかった。。。。というか、当然だが・・・・


僕の同級生たちは、北河内大会でも優勝していたり、地域選抜に選ばれる選手も多かった。

かなり期待されていた年代だったので、僕のような人間(ある意味問題児!?)が入部しようが、チームとしてはどうでも良かったのだと思うが、何とか顧問の先生の了解を得て、晴れてサッカー部に入部。


高校になると新たに新しく100人ほど生徒が入って、合計330人になる。

中学時代は成績が悪かった僕は、高校時代はサッカーと共に、勉強も頑張る事も決意!!

席替えでは、いつも一番前の席を志望して取り、授業中は居眠りなんかせずに、必死に授業を受けた。

行き帰りの電車の中では、出来る限り復習&予習を行った。

そのおかげで、成績は常に40~70番台を維持でき、推薦で一番難関な法学部に行けた。


肝心のサッカーのほうは・・・・

練習は人一倍気合いを入れて頑張った。恐らく気合いだけでは常に一番だったであろう。

特に持久走や100本ダッシュなど体力系練習メニューでは、ほんま吐きながら走ったこともあった。

ランナーズハイの状態も今までで6~7回は経験した。

テクニックのない僕にとっては、このような体力系メニューしかアピールすることができなかった。

声出し、顧問や先輩からのイジメ・シゴキなど精神系メニューにも耐えた・・・・というか、自分への修行の場と捉えていたので、前向きにイジメやシゴキを受け入れ向かっていった。。。

正直、しんどかったが、全然嫌ではなかった。


色々な意味で当時のサッカー部全員の中で一番努力したと自負している。

結局、レギュラーにはなれなかったが、3年間ホンマに努力してたので、悔いは全くない。

いつも2軍のFWだった。。。。しかし、当時の2軍は強かったので、2軍戦ではよく勝っていた。

(公式戦最後の試合には、顧問の先生の温情からか、途中出場させてもらったし・・・)

大学時代は、サッカーサークルで1年生からレギュラーをとり、エースストライカーとして4年間活躍でき、本当にいい思い出をつくることが出来たのも、高校時代頑張ったからだと思っている。


僕の今までの人生にとって一番充実した時間・・・・それは高校時代である。

勉強にサッカーに、、、ホンマ充実した3年間であった。

かなり厳しかったし、しんどかったが、ホンマかけがえのない時間だった。

今の僕の基礎は全てこの時代に出来たと思う。


中高サッカー部顧問の先生・・・・当初はかなり冷たかったが、2ケ月もすると、結構声を掛けてくれるようになり、高校3年間で約2000発はシバかれたし、無茶苦茶しごかれたが、本当に感謝しております。

現在でも交流があり、会うとしばかれるが・・・・楽しいひと時です。


高校時代・・・・ホンマ最高でした!!!