幸せを感じるために必要な試練・困難 | めざせ!寺子屋☆のブログ

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おばぁちゃんになったら、寺子屋をやりたい!
それまでに、人間性をもっと磨く必要がある。人間修業のライフワークを
ボランティア団体『monkey_spitz』にしようと決心。
その記録です。

学校に通える、勉強ができる…日本では当たり前のことであるが、
世界的にみれば当たり前ではない。


家の手伝いをしながら、「学校に行きたい」と思いを募らせる
子どもたち。念願かなって学校に通えるようになり、
目をきらきらさせる子どもたち。


一方、学校に行きたくないと悩む子ども。不登校となった子ども。
嫌々学校に通う子ども。とりあえず、学校に行く子ども。
勉強そっちのけの子ども…


与えられた当然の権利にはありがたみもない。喜びもない。
その権利の意義すら理解されない。
恵まれるって怖い事でもあるのだ。勉強だけでなく、
食べられる事、働ける事、健康であること等々。


試練や困難を経て、自らの努力で手にしなければ、身にならない。
本来は、試練や困難を得て知ることが楽しい。それが勉強であり、
学問であるように思う。「ご馳走様」の語源のように、走り回って
提供される食べ物でなければさほど美味しいと感じず、感謝すら
できなくなってしまうのだろうか。


楽して、効率的に…は、幸せにつながるとも限らない。
幸せを心の底から幸せだぁ~ヽ(^o^)丿と感じるには、試練・困難
というスパイスが必要。感謝!感謝!