生き様 | 借り物技術者のシナリオ

借り物技術者のシナリオ

亡き父の描いていたシナリオを受け継ぐべく、エンジニアとして再挑戦する日々を綴ります。

私がこの道に入ったきっかけ…。
F1の世界ですかね。

あんなに速いクルマを作るエンジニアになれるとカッコいいだろうな…。と。

だから進学先は工学部機械工学科。
しかし、あまりデキル人ではなかったので郡山の私立大学ね。

しかし、そこで4年過ごすうちにクルマへの興味は薄れ、趣味でバイクは乗っていたが、入った業界は自動機分野の会社でした。

それは、特に何か興味があったからとかではなく、父の影響だったのかと。

高校生のとき、理系か文系か迷っていたときに、回りに流されて文系に行こうとしたときに父にこっぴどく説教されて理系に進んだ。

あの頃から父は私に跡を継いで欲しいと強く願っていたのだろう。

そう、父の仕事も機械設計。
自宅の一室を事務所にして顧客からの仕事をこなしていた。同じ道を進む私にとっては身近に先生がいたのだ。

しかし、会社に入った私はその先生から教えてもらうことはなかった。
父はいつでも扉を開けていたのに、私はその扉を叩かなかった。

なんでだろう?今でも不思議に思うわけですよ。
まあ、嫌だったんだろうね!仕事がさ(-_-;)

本当に仕事が嫌になったのは10年前。
あっさり私は異業種に進んだ。
塾の先生だった。

1年近く経つと教室長になり、はまった!
面白かった!

でも、やはり私は父が気がかりだったのか、3年で設計の仕事に戻った。

また3年経つと再び塾の先生へ…。
リーマンショックの影響で仕事が少なくなったのもあるし、私自身に自信が持てなかった。

父も諦めた。
好きにやれと…。

大手の個別指導塾で教室長になり、実績を出した!
もう、これが私の道だと思っていた。

そんなときに、父が癌にかかった!

手術をして一時は快方に向かったかと思ったが
再発して昨年夏に亡くなった。

父は最後までベッドの上で図面を描いていた。

そんな父の仕事の跡が押上にある。
スカイツリーだ。
基礎の部分のある機構を設計したらしい。

当時の私の職場は浅草。
スカイツリーがよく見えた。

私は父の夢を叶えることをしなかった親不孝者。だから40歳を前にしてまた図面を描いていくことにしたんだ。

夢を叶えることができなかったが、そんな父の生き様は真似てみようかな!と。