月曜日のお話です
姉から母の幼馴染のおばさんが亡くなられたと朝ラインで連絡がありました
そのおばさんは前回のブログで書いた
『早く病院に行っていればよかった』
と言っていたおばさんです
ここでおばさんのことを少し・・・・
母の幼馴染で私が物心ついたときから母と一緒にいました。
父の葬儀の時は母に付き添ってくれました
とても美人で、私と年の近い3人の娘がいらっしゃいます
そして物事をはっきり言います
私は姉、そしてその3人の娘の中で一番出来が悪く、子供の頃よくおばさんに
『けいこさんは~』なんて痛いところをはっきり言われていたため
大っ嫌いでした
でも小学校の頃はよくおばさんの家に遊びに行ってみんなと遊んでいました
(次女と3女とは仲良し)
3年前の叔父の葬儀のとき、おばさんはちょうど2番目の娘とラスベガスに旅行に行っていました
その時にすでに『しこり』はあったそうです。
そしてゴルフなど・・・もう70代だからそんなに早く進行しないだろうし~なんて
簡単に考えていたそうです
その後、病院に・・・・・
何を言われたかわかりませんが、顔が蒼くなる説明を受けたそうです
泣きながら頑張った抗がん剤・・・・・
そして手術・・・
娘たちは1泊15000円の部屋をプレゼントしたそうです
やっと終わった~~
と思ったら・・・肺転移。
また辛い抗がん剤治療。
最初の抗がん剤でボロボロに血管がなってしまったので、ポートを埋め込み新たな闘い
そんなときに私の乳がんが解りました
私の話を聞いて
『けい子さんは大丈夫だから!!私と違って大丈夫だよ』
ってあんなに嫌いだったおばさんなのに、すごく力をもらって、アドバイスもくれて
主治医も一緒だったから先生のことも教えてくれたりして
自分のほうが大変なのに、すごく心配をしてくれて・・・・・うれしかった
『みんなに元気そうねって言われるけど、いろいろ説明するのが面倒だから
元気そうにしているの
本当は辛い、くるしいの』って
相変わらず母の前でははっきり言う。
『同じ乳がんの友達は手術をしてもうゴルフもやっている。うらやましい』
『もっと早く病院に行っていればよかった』
穏やかな顔をして眠っているおばさん。
涙がぽろぽろ出てきて。あんなに嫌いだったのに・・・・・
なんて思ってみたり。
ただたた今はおばさんに
『ありがとう、私がんばるし、おばさんの後悔を忘れない』
と伝えました
是非是非、こうして後悔した方がいるっていうことを伝えていただけると嬉しいです
怖いけど、早期治療をすると安心できるし、
今やらなくてはいけないことを優先するより
きちんと治してからやっても何にも問題ない。そしてちゃんと治してからのほうが
先が長い。キャリアなんてすぐ戻せる
笑える話・・・・・
出勤途中で訃報を聞いたので普通の格好(こんな日に限って白いズボンをはいていました)
実家に帰って喪服を探しても・・・・・・・母の喪服が入らない・・・・・・・・・・・
もうこの格好でいくわ!!って言ったのですが姉が『昨日知ったから(姉たちは夜中に電話が入って
お宅にいたそうです)それはダメ!!』って・・・・・
何とか探した伸びるタイプのロングのただただ黒っていうだけの冬用の服を着て
出かけました・・・・・
痩せようって思いました
(おばさんは笑っていると思います)