前回、最後に私のタバコのエピソードを書きましたが、
マクロビを実践されている方も吸っているんですよ。
マクロビ=あれダメ、これダメじゃないんです。
あの、大森英櫻先生もタバコは好きで陽性になるからいいんだっと言って
吸っておられたらしいです。
(どっちが副流煙か主流煙か忘れましたが、
先端から出る煙は上に昇っていくので陰。
吸い口から出るのは下がっていくから陽。
吸った時にタバコは血管を収縮させるので陽性。
ただ、メンソールは軍隊が兵隊の
性欲を抑えるために開発したと聞いたことがあります。
味もスースーして、普通のタバコより陰性。
女性に向いてます。)
お会いしたことはないですが、 元々、甘いものが沢
山入っていたので陰性体質だったみたいです。
結局、良い悪いではなく、陰か陽かで判断するんです。
私も、始めたころはコーヒーはいけない物だと思って飲んでいなかったんです。
そんな感じで玄米ばかり食べて、身体が陽性過多になってしまったんです。
元々、動物性の陽性がたっぷり入っているのに、それを抜かずに玄米で絞めすぎて
しまったんです。
コーヒーは確かに心臓の弱い人や、腸に負担をかけやすいですが、
動物性や油分を溶かしてくれたり、陽性からくる生理痛に効くって人もいるんで
す。 身土不二からいって日本では、理想的には取らないでいられるのが良いかも
ですが今は、昔に比べて色々な物が身体に入っていますから。
んなこと言ってられません。 美味しいし。
ただ、自分は何かと言ったら、身体だけではなく、この地球がなくては生きていけ
ませんから、外の環境も自分。
なるたけ、有機やフェアトレードを選んでいるつもりですが、、、
えらそうな事いえる立場ではありません。
自分のこと棚に上げてます、私。
マクロでは判断力の7段階というのがありまして、自分の行動が社会にどの様に影
響しているか、自分ではなく、相手や外の世界を基準に考え行動することが
5段階目の社会的判断力になります。
この話もいずれはするとして、
大分、話がずれたな、、。
で、前回の続きですが、自分が円の中心に立ったときの世界見え方。
例えば問題が起きたとします。
財布を落としました。
給料すべて入っていたとします。
大問題です、家賃も払えない、食事もできないと。
ただ、もしこのことが問題であれば、世界中の誰に対しても問題なはず。
友達でも、家族でも、仕事の仲間にでも話したとします。
心配はしてくれるでしょう。お金も貸してくれるでしょう。
助けてくれるでしょう。
でも、常にあなたの事を考えているわけではないんです。
ご飯は食べれたかなとか、寝れたかなとか、悩んでないかなとか、
相手のことを常に第一優先に考えている人はいないと思うんです。
やっぱり、自分のことが第一優先だと思うんです。
TVを点けたら、毎日沢山の人が死んでいます。
もし、死が悪いことなら毎日悲しくてTVなんて見られません。
昆虫が気持ち悪くて嫌いな人がいます。
でも好きで飼っている人もいます。
これで分かることは、昆虫は気持ち悪いものではないって事。
結局自分の身に起きなかったら問題ではないですし、
そのことを問題と決め付けているものは、自分の中にある観念なんです。
例えば子供の頃、男の子だから泣いてはいけませんと育てられたとします。
そのまま大人になって、泣いている男を見たとします。
そうすると、男なのに泣いてあいつは弱い人間だとジャッジをしてしまう。
それは、男は泣いてはいけない、泣かないのは良いという、
善悪の観念が有るからなんです。
別に、泣いてる男を見ても何とも思わない人もいるんですよ。
このように、外の世界で感じることは全て自分の中にある観念だという事が分るんです。そし
て、外の世界を通して自分の中にある観念に氣がつく事ができるんです。
なので、中心に立ったとき物事の善悪の判断がなくなるので、
問題だと思っていたことが、問題ではなかったと、というよりも
問題に結びつけなくなります。
問題だという観念だったと分るのです。
ですので、
大きく出ますが、そもそもこの世界に問題などなかったということです。
でも、今まで通りに物事は起きてきますから、今迄、問題だと思っていた事も
起きてきます。
でも、それがいやなことじゃなくなるのです。
実際それがおきたら大変ですよ。
その瞬間は心も揺れ動きます。
でも、あっそうだったと、そうだったなと、なるんですね。
こうなっていくと、相手に対して嫌だと思っていたことが、何かと分ってくる。
分ってくると自分の価値観でジャッジしなくなる。
もし、その人の人生を見ることが出来たならば、こうなっても仕方ないなって
思えるじゃないですか。
そして、相手がいるから自分の中にあるものが見えてくる。
教えてくれる。
怒っている人を見たら、人にはやさしくしようとか
貧しい人を見たら、自分は恵まれてるなとか。
ありがたいです。
みんな神道で言う八百万の神で、みんなの中に仏性が宿っているんです。
こうなると自分のやりたいことにスムーズに向かって行けると思うんです。
これをしたらこう思われるとか、これをしたらいけないとか無くなっていきますから。
だから、相手に何を言われようと、どうでもよくなります。
だって、今この瞬間が自分の生きてきた集大成なんです。
これ以上でも以下でもないんです。
これでやっていくしかないんです。
でも、外を見ると相手と比べてしまうから、足りないところばかりが見えてしまう。
でも、内を見るとある物しか見えないですから、相手基準から自分基準になるんです。
これが私ですけどなにか?って。
楽です。
それをスムーズにしてくれるのが、マクロビオテッィクの食事、
哲学だと思うんです。
九司道夫先生も講演会ではよく国境の話をしてくれました。
これも観念なんです、どこにあるか、頭の中なんです。
九司先生は概念(観念)を外すのに10年かかったと言っていました。
そして、この世界は天国だと言っています。
そう思うか、思わないかも自分しだい。
私も氣がついてから、1年半。
こんな少しの期間で何十年分の観念が消えるはずはなく
日々増えてもいますが、毎日の生活で実践していくのみです。
で、最後に、これに氣がつくまで、ポジティブ思考だったんです。
最初はあれは食べたらダメとか、食べてしまったなーとか罪悪感があったんです。
それで、ある事がきっかけで、物事の意味づけをポジティブに変えたん
です。
そしたらね、確かに現実が変わったんです。
例えば、以前は白砂糖、卵入りのお菓子を食べてしまったと、罪悪感があったんですが、
視点を変えて、でも、食べた事によって、
眠くなるとか、腕が痺れるとか、痒くなるとか、
身体の反応に氣が付けたと。
ラッキーみたいな。
でも、これだと無理が出てくるんです。
だって、ネガティブなことを無理やりにポジティブに変えようとしていたから。
湧いてきた氣持ちと、思考というか行動が一致していなかったんですね。
で、一元、ひとつってことが腑に落ちたら、
全部あって良かったんだって思えたんです。
怒りや、悲しみ、怨み、喜び、楽しみ。
だって、同じ世界にあるんですもん。
否定しようがないでしょ。
だから怒ったっていいし、悲しんでもいいし、自己否定してもいいし
どんな自分があってもいいんです。
それが今起きてることですから。
長くなりましたが、伝わったかなー?
まっ、どっちでもいいか。
100人いたら100人が正しい。
これは私の価値観ですから。。