脳腫瘍を知らない方に読んでもらいたい記事

 

ー無症候性脳腫瘍ー

 

偶然発見される全く自覚症状のない疾患 無症候性脳腫瘍

 

以下そのまま引用しています

 

 

北里大学病院ニューズレターMado No.118

北里大学病院 脳神経外科 主任教授

隈部 俊宏

 

偶然発見される 全く自覚症状のない疾患 無症候性脳腫瘍

 

 

無症候性脳腫瘍とは 

 

昨今、無症候性の脳腫瘍が多くなっています。無症候性とは言葉のとおり症状がないこと、自覚症状がない状態で発見される脳腫瘍のことをいいます。脳ドックや軽度の頭痛、頭部打撲などで受診した際にMRIを撮影して見つかることがほとんどで、これは海外に比べて日本ではMRIの機械が非常に普及し、診察でMRI検査の機会が増えたことによるものです。そのため日本では、症状がないにも関わらず偶然に発見される脳腫瘍が多くなってきました。

 

 

早期発見は必ずしも「良かった」ではない(のかも しれない)  

 

すなわち、本人が気づきたくない状況で腫瘍が発見されることがあるのです。症状がないにも関わらず頭のなかに腫瘍があるということが分かり、その腫瘍がどういうものであるか予想がつくと、自分のこれからの未来が見えてきてしまいます。例えば5年間で70%くらいの人しか生きられない、もしくはもっと急速に悪くなってしまう、ということで受けるショックは計り知れないものがあります。

 

  お子さんが転んで念のためにと頭のMRIを撮ったら、脳幹部に非常に重篤な脳幹部神経膠腫であるびまん性橋膠腫(diffuse intrinsic pontine glioma DIPG)が見つかったということがありました。これまで全く元気だった子がそんな病気になる、まず家族はそれを受け入れるだけで非常に大きな葛藤があるうえに、その病気はどんな治療をしても11ヵ月程の生存中央値しかないと分かれば、家族は本当に辛い思いをしますし、一家の生活は大きく変わってしまうことがあり得ます。

 

  見つかった病気が本当に生命予後の悪いものであ れば、すぐに病院で治療をしなくてはいけませんので、偶然に検査で見つかったことも妥当であるともいえます。しかし、見つかったのが非常に腫瘍の成長がゆっくりとした低悪性度神経膠腫であったらどうでしょうか。この病気はおよそ10年間で8割くらいの方が生存する病気です。その病気にどのようなかたちで治療介入するかということが、私たち脳神経外科医では非常に大きな課題になっています。

 

  たまたまMRI検査を受けることがなかったら、たとえ10年後に症状が出た時にとても厳しい治療になろうとも、この先10年間は病気のことを知らず何の症状も出ずに生きていけるかもしれないのです。知った方が良かったのか、知らない方が良かったのか、 病気が分かってどのように生きるのか、簡単には選ぶことのできないとても難しい問題です。 

 

 

脳腫瘍と他のがんとの違い  

 

低悪性度神経膠腫は、脳を作っている細胞自体からできてくる腫瘍で、皆さまががんの治療で思い描くような「腫瘍を取ったら治る」というものとは少し違うものです。頭の中は脳の機能が分化しているために、どうしても切り取れない(切れば必ずそれによって脱落する症状がある)部分や、切る部分が制限されてしまうことがあるために、手術によって治しきれる胃や大腸などの管腔臓器のように腫瘍部分をきれいに取り去ることができません。どんなにきれいに取っても細胞レベルでは腫瘍が残ってしまい、治しきれない病気なのです。

 

  そもそも、脳腫瘍は患者数がとても少なく、患者数が多い乳がんや肺がんの30分の1ほどで、10万人の都市で10 ~ 15人ほどしか年間に発症しない希少疾患です。また、ひとくくりに脳にできる腫瘍は脳腫瘍と呼んでいますが、病理学的には150以上の種類があります。ですから患者数の多い他の臓器のがんと違い、放射線治療にこの抗がん剤を組み合わせて治療するとベストだという結果が出ているものがほとんどないために、治療が大変難しいのが現状です。

 

  さらには無症候脳腫瘍に対する治療も、はっきりとしたエビデンスがないために確立されていません。早期に手術介入をし、腫瘍を拡大摘出することで治療成績が良くなると主張している海外の研究者もいますが、早期に見つかった病変に対して手術介入を早くすべきかどうかという結論さえも出ていません。

 

  お話ししたとおり、基本的に脳は無傷で治療できません。もしあなたが無症候で言語領域に存在する脳腫瘍の患者で「言葉を失うけど、腫瘍はなくなりその後腫瘍はある程度コントロールできること」と、「機能は失われずに5年、10年間という期間は無傷のままで無症候のままでいること」どちらかを選択しなければならないとしたらどちらを選びますか? 答えを出すのは困難だと思います。さらには手術をして言葉を失ってもその後再発するリスクもあるのです。 

 

 

患者さまへ 

 

こんなことを聞きたくないと思いますが、脳腫瘍で亡くなるときは、脳の機能が障害されて亡くなるので、最終的には自分のことが分からなくなり自分の意思を表出することができなくなります。脳腫瘍と診断されて治療が始まるときに、自分の最期を含めてある程度先のことを考えて意思決定をしておかねばなりません。覚悟も必要です。とても厳しいですが、私たちはその方の生きている時間を、10年かもしれない、1年かもしれない、数ヵ月かもしれませんが、どうにかして少しでも良い状態で長く伸ばせるように、全力で治療をしています。決して諦めて治療することはありません。

 

  毎日は当たり前のように与えられているわけではありません。普段の生活で、自分がどう生き、どう最期を迎えるのかなんて考えることはないでしょうが、毎日の生活に感 謝の気持ちを持って過ごしていただけたら良いなと思いま す。

「あなたはどう生きますか?」

 

 

北里大学病院ニューズレターMado No.118

北里大学病院 脳神経外科 主任教授

隈部 俊宏(くまべ としひろ)