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タイトル検討中

できたてほやほや 2017.11.24~

何年か前にやっていたブログは、恐ろしくて覗きに行こうと思えない。

SNSの延長で、ひたすら自分の日常を記録する、誰の役にも立たないブログだった。

そもそも何について書いてるのかさっぱりわからなかったと思う。

自分と、ごく一部の人にしかわからないようなことを、つらつらつらつら…

とにかくダラダラ書いてある。(と、思うけど、怖くてもう見れない。

どうかこの広大なネットの海で人知れず消えてなくなっていてほしい。

 

毎年、スケジュール帳を日記替わりにしていて、10年近く溜まっているけれど

確実にお墓に入る前に捨てておかなければならない物だと思う。

べつに人に見せないものだから、何を書いてもそこでは自由だと思う。

 

でも、ブログで公開するって少なからず「だれか見てください」ってことで

できるだけ人が見て不愉快なものは書いちゃいけないと思う。(すごく難しいと思う)

そもそも、有益なものじゃないと公開する意味ってあるのかな。

第一、誰かに有益かどうかを考えながら自分は記事を書けるのかな。

 

これ書きながら、だれかに向かって書いてるっていう意識はないんだけど

人の通るところでわざわざ書いてる自覚はある。

でも、人があんまり見てないことを祈ってる。

 

駅前で歌っておいて

「聞いてくれるんですか?まともに聞かないほうがいいです、行ってください。」

って、立ち止まってくれた人が居たら言いたい心境、が近いかもしれない。

実際にそんな気持ちで駅前で歌ってる人はいないと思うけど。

 

目的を持って歩いてる通りすがりの人がいっぱい居るから、

自分の声なんて小さくて聞こえてないだろうし、少しくらい歌っていても気にならないよね。

それでも、何を歌ってもいいんじゃなくて、社会の目を気にする必要はある。

 

って心理。

誰かに向けて書いているわけじゃない、ただの自分の話なんだけど、

とりあえず、リアルタイムで自分の考えていることを記録したい。

あわよくば、ほんの少し、ここで社会の中にいる自分を感じたい。

 

まとめると、そういう心境だからやってみようと思った。

 

でも、相手の前提がないと、独り言ばっかり言ってることになって

結局、だんだんここでやることの意義が薄くなっていく気がする。

 

じゃあ、いっそ架空の人とやってる体の

交換日記にしてしまえばいいんではないか。

 

…大丈夫?それ痛さが増さない?

と、思うけど、とりあえず実験してみようと思う。

 

「これはいかん、と思ったら消す。」

を合言葉に掲げて、書き始めることにしよう。そうしよう。

 

書くことで、記録が溜まって、

その中から有効に活用できそうなものがあれば拾い出して、

その時はちゃんと人に見てもらえるように、努力してみよう。

 

では、はじまりはじまり。