君、あなた、お前、呼ばれて嫌な順番 ブログネタ:君、あなた、お前、呼ばれて嫌な順番 参加中
モンゴルだるま@モンゴル語通訳・エコツーリズム普及仕掛け人兼業遊牧民です。

「君、あなた、お前」の呼ばれて嫌な順番は?というブログネタに参加します。
でも、私、この3択ならどれでもいいじゃん、お好きにどうぞ、という感じで、どれも抵抗感がありません。

「きさま」とか「てめー」とか「おい」とかいわれたら、カチンと来るかもしれないけれど。

「あなた」って言い方はちょいと心の距離感を感じますね。あんまり呼ばれないけれど、こういう呼ばれ方をするときは、大抵、「何かしらのクレーム」がくる前触れ、と覚悟を決めます。

「あなたねぇええええ」みたいな感じで、内心のムカつきや苛立ちを押さえつけながら出てくる日本語って、やたら丁寧だったりしません?

でも学校の先生は、なんとなく、「あなた」って呼ぶ先生が多かった気がします。
適度な心の距離感とリスペクトがあったんでしょうか?

ちなみにモンゴル人だと、二人称をあらわすのは、
「ター(Та)」が丁寧な感じの「あなた」
「チー(Чи)」が君とかお前とかわりとタメ口系
「ウールー チン (Өөрөө чинь)」が自分がへりくだって、相手を立てている時の丁寧な言い方。

よく知らない、あるいはお仕事でのおつきあい、年齢が10歳以上上ぐらい、社会的地位が高くて偉そうな人、先生には「ター」。

自分の年齢を中心に上下10歳(幅的には20歳分!)はモンゴル人にとっては同世代なので、ある程度、顔見知りになったら「チー」を使います。

「ウールー チン」を使うときは、ほんと公式的な場であったり、相手を立てるとき、距離を適度に保ちつつ、敬意を払うとき。

そんな感じです。

ドライバーのガナー君は私より5歳半年下なのですが、テンポラリーのバイト的ドライバーをしてくれていたときは、「ター」って私のことを呼んでいたのですが、ラブワゴン奪還(2007-2009年ぐらいに私はとあるモンゴル人一味とかなり深刻なバトル状態になって、会社の回転資金と個人の預金を奪われたのですが、最終的に、「現金には所有者の名前はかけない」という痛烈な教訓を心に刻んで「和解」した。会社名義と私名義だったオフィス・車両は奪還できて、現在にいたります。)に成功し、その後、会社再建のために、わりとレギュラードライバーとして、まぁ、相棒的になって3回目の仕事ぐらいから、「チー」呼ばわりされるようになりました。

委託遊牧民であり、乗馬ガイドでもあるオラーナ君は現在27歳。
私にとっては、かなり年下の「小僧」的な人なのですが、最初っから私のことは「名前で呼び捨て」でした。会話の中では、「ター」を使いますが、呼びかけのときは、「エグチ(年上の女性を呼ぶときにつける「さん」みたいなのの)は最初ッからなかった。
なめられているのか?

まぁ、仕事仲間で「チー」って呼ばれるっていうのは、まぁ、仲間ってことなんでしょうね。

例えば、お役所なんかでも、ぺいぺいだったときは、日本語だったら「君」づけ、モンゴル語なら「チー」で気軽におしゃべりしていた人でも、局長さんとか副局長さんとか、大臣とか、国会議員さんとか偉い人になったら、立場上「ター」って呼びますモン。

オラーナ君にしてもガナー君にしても、ビジネス上では、私が「ボス」なのですが、まぁ、エコツーリズム的に考えれば、「雇い主ー雇われ人」という関係というよりは、「一緒にエコツアーを作る仲間」であるわけです。

私が雇い主、といっても、体育会系で年功序列をわりと気にしいな私は、年上には「ター」を使っています。
でも、なんかのプロジェクトとかで、ある程度、「優位性」が欲しいというときは、同年齢ぐらいだったら、「チー」を使ってカマすことはあります。

モンゴル人同士の呼びかけを観察していると、ほんと男同士は「かましあい」ですね。
女子同士もわりとすぐに「チー」って呼ぶケース多い。これは私がつきあっている人のキャラの傾向なのかもしれないけれど。

あるいは、私が「チー」って呼ばれやすいキャラだってことなのかも。

どう呼ばれたら嫌か、ってことよりも、
相手が私とのつきあい方にリスペクトを持ってるかどうかってことのほうが気になります。

そして、私自身は、相手と自分が双方心地よい距離感を保てる呼び方を使うように心がけています。
一緒に仕事をやるって時にあんまり他人行儀すぎてもよくないしね。

モンゴルにいらっしゃったときは、通訳さんの態度とか言葉遣いってよりは、その辺の「ター」と「チー」の使い分けをどうしているか、を観察してキャラの判定をしてあげてください。

日本語の敬語の使い方については、わりとモンゴル人は気の使い方が甘いんですよ。
それに、学校で日本語を習う場合、先生はわりと「上から目線」で生徒と付き合うから、ついつい、先生の言葉遣い(つまりは上から目線)のしゃべり方がうつっちゃったりするんです。

言葉をTPOで使い分けることができるっていうのも通訳として大事なことですが、それ以上に、心遣いのこまやかさとかが出来てるかどうかも大事なことであります。
いくら言語能力が高くてもコミュニケーション能力がない人に「ター」とかいわれても、素直に受け取れなかったりします。

言葉と心のバランスって難しいですね。
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