先日のラウンド。

初めてのコースに行った。

付いたキャディー。見た瞬間、不安になった。

還暦超えしてそうな高年齢キャディー。しかも野良作業をしてきたのだろうか日焼けで顔もボロボロ、見た目はもう完全に老婆である。しかもキャディーとしての必須条項の「歩く」という行為さえ頼りない足取り。

果たしてこれで18ホール持つのか??

これは明らかにゴルフ場の怠慢である。

歩く事さえ辛そうなキャディーを雇うべきではないだろうし、そのようなキャディーはゴルファーのプレイに支障をきたす。

ただ、

この老婆キャディーも生活がかかっているのは確か。 ここで私がチェンジをしてしまえば、その日の収入はゼロになる。

タンブンの気持ちでチェンジは無し。

それどころか、歩きラウンドでは堪えるだろうからと(こっちのプレイにも影響するし)、追加600バーツを払いカートプレイに変更までした。

老婆を横に乗せ、カートは私が運転。 ボールの所まで着くと、クラブも私が取り出す。 

老婆を思う気持ちもあるが、それ以上にスロープレイが嫌いだからである。 老婆にクラブを出させると通常の3倍近く時間がかかる。

「とりあえず、打ったボールがどこへ飛ぶかはちゃんと確認してくださいね」

あまり変な所に飛ばすと老婆は見逃すだろう、というプレッシャーが功を奏したのか、この日の私はショットが冴えた。 ミスショットをしても大きくブレる事はなかった。

数ホール回ってわかった事だが、

この老婆、視力が悪く、ボールがどこに飛んだか自分で確認不能。 とにかく、物理的に目が見えてない。

ティーショットでフェアウェイ左端とラフとの境界線近くに落ちたボール。 

カートを降りて私はフェアウェイ左端を探していたが、老婆は30ヤード向こう側のフェアウェイ右端でボール探しをしていた。

「あのう、落ちたのはこっちですよ・・」

 「え?何?よく聞こえない。ボール!? ボールならこっちに落ちたよ。」


もうキャディーとして成立していないため、4ホール目くらいからは完全にセルフプレイに徹した。

ショットもパットも悪くない。

Out 38、In 42 

やはりゴルフというのはある程度の緊張感と責任感があった方が良いように思う。

18ホール終了時点で大雨が降ってきた。

普段であれば車まで直行しキャディーバックをトランクにしまうのだが、大雨のためクラブハウス裏でキャディーバックを降ろし、300バーツのチップをあげ、バックはフロントに置いておくように伝えた。

シャワー後、フロントに置いてあったキャディーバックをピックアップ(クラブの数はチェックした)して帰宅したが、

帰ってからバックのポケットをあけて見ると、

まだ10個近くあったはずのボール(タイトリスト Pro V1)が綺麗さっぱり消えていた。


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スティーブ・ジョブス氏が逝った。

CEOを辞した頃の写真があまりにも強烈で、あとどれだけ持つのかと思っていたが、あまりにも早く逝ってしまった。

2005年、スタンフォード大学の卒業式におけるジョブス氏の最高のスピーチ。最後はこういう言葉でしめられるている。

「Stay Hungry. Stay Foolish」

このフレーズ。彼自身、ある印刷物の最終号に綴られた言葉を引用したものだが、これに込められたニュアンスは、

「自分が好きな物に対してFoolishなほどHungryであり続けろ」、という事だと思う。


一つの転機が具体性を持って私に近づいている。 

今の仕事。タイでこれまで過ごした時間の多くを、この仕事に費やしてきた。それ故、思いはある。

が、自分がやりたい仕事ではなかった。 違うと思いながら今も日々打ち込んでいる。

なぜなら、これが私の今の仕事だから。 この仕事をして、サラリーをもらい、生活している。

こんな言葉を15年以上前の自分が聞いたら、耳を疑うかもしれない。

15年前の自分が思い描いていた将来の自分は、間違いなくFoolishでHungryな人物だった。

そんな15年前の自分と対峙した今の自分は、当時の自分に何と言うのだろう。

「(会社員として)働くというのはこういうモノだ。皆、どこかで違うと思いながら、好む好まないに関わらず目の前の仕事をしている。 お前も時間が来ればわかる。」

全く、酷い説明である。

だが、20代を超え30代になり40代が見えてきた頃、皆言葉にしないだけで、若い連中に対して上のような事を思いながら、自分が本当にしたい事を探せなかった/見出せなかった失敗をぼやかし正当化し、昔の自分がどう思っていたのかなんて事は自分勝手に忘れ去る。 そんな日々を過ごす。

少なくとも私はそうだ。

もう若い若いとは言えない年代になってきた。

可能性というものは年を追うごとにピラミッドのように先細って行く事も知っている。

本当に好きな事が何かは分からない。社会人になり相当に時間が過ぎたにも関わらず、まだ分からない。

それを探すべく新しい挑戦の場に身を投げるか、それとも本当に自分がやりたい仕事ではないが安定した生活を手に入れるか。

幸か不幸か、養う家族もいない。 失うモノは何もない。


ふと、18歳のある日の事がフラッシュバックした。

アメリカ1年目、英語上達のために読めない新聞を取っていた。 ある日の記事に、色々な選択肢があった中で高卒で直接NBA入りをしたケビン・ガーネットの言葉があった。 

"No Regrets. No Looking Back."


当時の私は、この言葉を目に焼き付けた。


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金曜日の夜、よく行くプールバー(といっても殆どプールはしない)のハッピーアワーで独りビールを数本煽った帰り、うどんが食べたくなり、以前より目にしていたうどん屋へ行ってみた。

金曜日、普通なら忙しいであろう時間、客は私を入れて数組。

思いっきり経営不振状態。

奥のテーブルを陣取った無職系尾日本人オジサンが3人。

日本の競馬場でよく見るようなオジサン達。いい感じに酔って、あーだこーだ大声で話をしている。

その内、かろうじて身なりがマシなオッサンが立ち上がり 「いらっしゃいませー!」。

ああなるほど、そっち系の店なのかと。


私自身、あまりバンコクの日本飯屋に明るくない。 何年もタイにいるくせに、あの店も行った事ないのか??と驚かれるような事も多い。 

つまり、圧倒的にサンプリング数は少ないという事実は前置きしておくが(故、偏見も当然あるだろう)、

店の奥で、"常連"と思しき酔っ払った無職系日本人オジサンがたむろっている低価格日本飯屋は、経営不振、そして1、2年で店じまいをする確率が異様に高い、ような気がする。 少なくとも私の知る限り、確率は相当に高い。

これはあくまでも日本飯屋の話。 居酒屋の事ではない。 

そのような日本飯屋、もともとはバンコクで同じようにグダグダしていたオッサンの一人が一念発起して店を始めるケースが多い。 

周りのオッサン。それはもう全力で応援する。 「絶対流行るよ!」という根拠なき激励。

 "絶対という物は絶対にない"

そもそも、世の中に「絶対」という言葉の合理的な使い方はコレひとつしかないのだ。

しかし、自分がもし飲み仲間のオッサンであったならば、間違いなく「絶対に流行るよ!」などと応援するだろう。 

自分のカネを使うわけでもない。 知り合いが店を開くというイベントそのものが見てて面白い。 そして、何といっても、もし知り合いが店を開けば、自分が気兼ねなく飲める飲み処が出来るし、友達価格的なディスカウントも期待出来るというプラスアルファまである。

そして、無事に開店するや否や、そんな飲み仲間達によって奥のテーブルは占拠される。 来る日も来る日も。

店のプロモーション活動として、これ以上の世紀末状態はない。

まるで西成の釜ヶ崎に迷い込んだかのように、店の奥を陣取った酔っ払い競馬オヤジ達の濁声がこだまする安い日本飯屋に長居しよう、また来よう、と思う一般客がいるだろうか? 

案の定、私の前に店に入っていたタイ人カップルは明らかに場違いな空気を感じてか、メニューを眺めただけで注文をせずに店を出ていった。


だが時代の流れなのか、最近はこの手の店も少なくなってきたように思う。

バンコクの日本食市場は飽和状態になるどころか、次々に新しい店が出来ているが、最近はやはり大手、もしくは日本で既に成功を収めた実力派のバンコク出店が多い。 

それだけバンコクの日本食市場もレベルアップしているわけだが、同時にそれはもはや何の変哲もないオッサンが店を出してどうこう出来る時代ではなくなってきている、という事でもある。

ここまで色々言っておきながら、なんだが、

私個人的にはこのうどん屋のようなオッサンがぐだぐだしている店は嫌いじゃない。 もともと、一人で飯を食う事も多く、別にオッサンが飲んでいようが、酔ってくだを巻いていようが、どうでもいいと思っているし、逆にそういう強烈な個性を発している店は違った意味で楽しい。

考えようによっては、そんな「味のある店」が減っていくのは少し寂しい事なのかもしれない。


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