お母さんの怒る声は迫力があって、
けっこう怖い…のだけれど、
「まったく、この硬い耳はなにを聞いてるんだ!」
と言いながら私の両耳をつまんで引っ張る手は
優しくて、顔はいたずらっぽく笑っている。

「硬い耳」というのは、
言うことを聞かない人に使う言葉で、
よく言うことを聞く人は「軟らかい耳」と言うそうだ。
たしかにお母さんは物をまたがない。
でも足で除けることは多い。
それはいいんですか、お母さん。

ついでにモンゴルの習慣についてもう一つ。
ゲルの扉の敷居を踏んではならない、というもの。
これは初めてモンゴルに行くときにガイド本で読んで、
日本と同じだなと思った記憶がある。

たしかにお母さんは敷居に立たない。
でも靴底の土を敷居でこさぎ落としてゲルに入る。
それもいいんですか、お母さん。

ムンフバターの近くに行こうとして、
「おっと、またがないようにしなきゃ」と気をつけたのに、
またしてもお母さんの叱り声。

「神様に背中を向けるな!」
え?神様?どこどこ?
とびっくりして振り返ったがわからない。

お母さんのゲルには神棚がなくて、
低い戸棚の上に家族の写真とお香立てが置いてあるだけだ。

「神様はそこだ」とお母さんは上の方を見た。
ゲルの奥、正面の壁の天井の梁から
15×20cm程度の長方形の古い黄ばんだ布が下がっている。
きっともともとは白い布だったんだろう。

「それが神様だ」
よく見ると、決して上手とは言えないタッチで馬が刺繍してある。
かなり色あせていて、近寄らないとわからない。

神棚はなくても、お母さんとともに何十年もこのゲルを守ってきた神様。
遊牧の民の守り神は、ともに生きる動物そのものなのか。

写真にも右上の方に小さく写っているのだけれど、
この神様だけのアップの写真を撮るのは
なんとなく不遜な気がしてできなかった。
やっぱり撮っておけばよかったと、今は少し思う。

この写真で、
天井からムンフバターに向かって下がっている布紐、
これは実はお母さんのモンゴル服の帯。
驚くのは、そこにムンフバターが繋がれているということ!

お母さんもアリマーも手が離せないときだけの手段で、
そんなに長い時間このままということはないが、
この子育て法も、モンゴルの遊牧民のおおらかさを感じさせることのひとつだ。

生活方法や宗教や自然環境の違い。
その中から生まれるしきたりや習慣の違い。
こういう「違い」を感じ取っている旅の中の独特の空気がとても好きだ。