モンゴルだるまです。
気がついたら、家の食料が底をついていました。

おばあちゃん羊肉はまだあるんだけど、かっちんこっちん。

生の野菜系は玉葱とひからびたニンジンと大根のきれっぱし。
冷蔵庫の中が笑っちゃうくらい。
命綱の梅干のみがでーんと入ってた。

掃除、仕事、掃除、仕事、洗濯、風呂、仕事・・・

とやってるうちに、忘れてた!買い物。

犬用食料があると、ついつい忘れる自分用。
人間の食事も大事だよねー。

で、日本人でよかったなあ、ってことです。

今朝は、ちょっぴりぶれた軸の修正が出来たのか、朝までぐっすり眠れたので、よい気分。

野菜はなくとも米はある。
群馬で有機栽培をやってる吉田のおじさんとこの玄米。
玄米ってほんと、よいエネルギーをもらえます。
マクロビオティックが、とか栄養価が、ってことはもちろんなんだけど、玄米の素の元気がいいんです。

気持ちが混乱したり、もやもやしたときこそ、食事を大事にしたい。

米を計量カップで測る。
米を研ぐ。
吸水させて、ざるにあけ、また分量の水を入れる。
たっぷり水を吸わせる。
圧力釜できっちりタイマーで時間を計りながら、じくじくする蒸気の音に耳をすませる。
圧がかかったら、火を止めて余熱で炊く。
ピーンとたったお米をさっさと故郷広島・宮島さんの開運しゃもじで混ぜて蒸らす。

味噌汁作る。
昨日の夜から水につけたコブ出汁に花鰹をたっぷり入れて、水温を気にしながら出汁を引く。
玉葱とニンジンを砥いだ包丁で切って、具にします。
わかめたっぷり、しょうがたっぷり。
で、沸騰寸前でとめて、ささっと味噌をときいれる。

「女性起業家・リーダー名鑑」Vol.1のご縁でめぐりあった渋谷ではたらく女社長・伊藤淳子親分からいただいたおばあちゃんの土用の梅干を日本の小皿にちょんとのせる。

きれっぱし大根を細切りにして水につけてぴんとさせたものを、おかかと梅酢であえて、小鉢に盛る。

ちゃんと日本食的な食器配置にしてみる。
久々に塗りのおはしを箸置きにのせる。

うちはこたつちゃぶ台なので、正座して、手を合わせて、いただきまーす。
いつもは暇つぶしにつけてるテレビもPCもなし。
ただただ、食事をかみしめ、あじわう。

味わう一噛み、一噛みで自分のねじが巻かれるのを実感。

手元に気を使いながら、誰に見られているわけでもないけれど、きちんとお行儀よく食事をいただく。

基本なんだけど、ついついないがしろにしがちな朝食に向き合ってみました。

モンゴル人にとっての食事って、パワーの源であり、生命維持にかかせないものであり、仕事の合間の栄養補給だから、ちょっぴりあわただしい。

そして、独りで食事ってモンゴルではあんまり考えられないこと。
皆でわいわい、大きな鍋や料理用のたらいにどーんと盛られた肉や内臓やボーズなんかを囲んで、もりもり食べるのも好きだし、ストーブでささっと作った手打ちの肉うどんをズルズルとテーブルなしで一気にすするのも好きなんだけど、自分が自分らしく、すっきりしたいときは、日本式でいきたい。

とりあえず、グルグルした気持ちはリセットし、天気もよさげですっきり青空だし、食料調達行脚に出ることにします。

ご飯と味噌汁。これだけの話なのに、手間隙かけるほうが美味しい。
さささって作るっていう日常がちょっぴり遠のいていたからかな?

師走のあわただしい週末。
来週に向けて、自分らしさを取り戻しておきたかったから朝のいい時間を持てたのはラッキーでした。
モンゴルだるまです。
モンゴル語学習をする人の数が増えてきているのはいいことだなぁ、と思います。
私がモンゴル語を始めた頃は、東京と大阪の外国語大学でしかなかったから、1学年が15-19人くらいとこじんまりとしてました。
でも、独立学科としての歴史は、100年以上もあるのです。

歴史があるようで、意外とモンゴル語に対して、スッキリ簡単に理解できる文法解説書って少ない。
そして、私は文法用語が苦手。

今回、ちょっと「知ったか仏陀」な記事を書いたら、読者様から、質問を受けて、あらためて考察している次第。
「知ったか仏陀」でかつてないコメント盛況になった記事は⇒コチラ

鋭い質問をビシバシッと出してくださった読者様は、SVつまりは日本政府の乳母日傘じゃなかった、日の丸を背負って外国でボランティア活動をするシニアボランティアとしてモンゴルにいらっしゃるらしいよしこさん。あら同世代じゃあございませんか。
仲良くしてくださいねー。

シニアボランティアさんは、以前は通訳さんがついていたりしたみたいだけど、最近は待遇はJOCV=海外青年協力隊と同じになってしまって、活動中の通訳は基本スペックじゃないようです。
自分の専門を活かしてバリバリ活動するために、3ヶ月間、福島県は二本松訓練所でみっちり語学研修とかボランティアとしての心得等を仕込まれる合宿に参加するから、それなりにモンゴル語もできるようになるんだとは思います。

でも、具体的に進んでないと、心配ですよね。

言葉って、語源を知ると、学ぶのが楽しくなったり、言葉の構造を理解すると、発想の仕方がわかって面白くなってきます。

あんまり学問って身構えると、脳みそにうまく定着しないか、せっかく記憶しても、実際にしゃべるとか書くっていうアウトプットまで、出てこない。そんなことってありませんかね?
私は結構、あるんですよ。ロシア語が代表的です。
大学時代の選択外国語でロシア語を選んだのですが、発音とか文法用語というしょっぱな段階で、「魔女」と呼ばれていた美人教師にケチョンケチョンにされて挫折。エクスプレスロシア語もなぜか13課以降すすめない。
でも、英語のテキストとか使って、所詮、文法用語はわからん、と開き直った状態で、とりあえずそのファンクションだけに集中してみたら、なんとなく辞書引きゃ普通の新聞や雑誌、ニュースやエコツーリズムとか民俗学とか自分の興味のある分野に関しては、苦労しなくなりました。

おぉ、こりゃ便利。

だから、その言語の仕組みや機能など骨組みの基礎を抑えてから、辞書と良質なテキストと仲良く付き合ってくと、先生がいない独学の場合は効果があるのやもしれぬ、と思いつきました。

でも、学校とかでちゃんと専門の先生について学んだ言語のほうが定着がよく応用範囲が広く、そしてノビシロがでてきます。

私は学校の授業で、英語、スペイン語、モンゴル語、ロシア語、トルコ語を学んでいるのですが、これらは、まぁ、10年たってもそこそこ使える。あるいは、独学になってからもどうやって勉強することで「伸びている」。

で、独学とかホームステイとか仕事の必要性に応じてっていうことで、現場やそれが身近だったときは使えてたのに、今となってはぜーんぜん会話とかアウトプットができません!というのが、ドイツ語、イタリア語、トゥバ語、カザフ語、バジャウ語、ヤノマミ語、タガログ語、ゲール語、チベット語などです。

ドイツ語、イタリア語は読むのはできるし、オペラに関してはほぼ理解できるんだけど、幼少時にいつの間にやら覚え、英語学習と共に記憶が上書きされちゃった、というもの。

やっぱ、辞書だけあっても、文法がわからんと使えないんだよね。

で、質問の件。
モンゴル語を先生について教われば、あっさり説明してもらえると思うんだけど、せっかくだから。
「頼った挙句、スルーで肩透かしかよ、ケッ」ってせっかくの熱心な読者さんに見放されては哀しいし。

で、「馬から下りる」とかに使うбуух と「銃」のбууにはどういう関連があるのか?というような質問。

これはずばり、関係、ないんじゃないの?ということですな。

銃=鉄砲=砲(ホウ)。
つまりは漢語起源の言葉で、銃がボーになるんですね。

一方、「馬から下りる」のほうは、いわゆる、上から下に下りるって意味ですね。
すとんと落ちてくるのではなく、上にあるものにつかまりながら、降りるっていうか。

書留便やEMSみたいなものになるбуухиаはたぶん、包み=包(パオ)なほうから来てるんじゃないか知らん

буухиаは、モンゴル帝国のときに栄えた駅伝制で運ばれた重要な親書や荷物のこと。



これらはモンゴル文字がわかる人だったら、ぜんぜん関係ないってその綴りですぐわかっちゃうんですよね。

銃のモンゴル文字をローマ字転写するとbuu

馬から下りるほうがBaGu-

小包はBugukiya、

ね、違うでしょ?

面白いですね。モンゴル語だと同じ発音でも、綴りで区別が出来ちゃう上に、モンゴル人の生活が理解できる人なら、なんでそんな単語になったのかなぁ?って想像まで出来ちゃう。面白い!元祖モンゴル語って思う。
だから、モンゴル文字、好きなんです。

辞書を引くとき、使うわけじゃないけど、モンゴル文字の綴りとかにも注目していただくと、言葉の増やし方、身につくと思います。

モンゴル語の場合、昔からある基本的な単語って意外と数は少なくって、派生語でがんがん増やせます。

例えば・・・
1;a‐っていう単語。
あ、だけで動詞なのです。わひゃ!
ある、とかいるとかいういわゆる英語のBe動詞みたいなもの。
だけど、今は、書き言葉的に使われています。

このaからね、
2;аж で過去形の「だった」にもなるんだけど、「である」とか「である状態」みたいな感じになる。

3;で、こっから、産業とか「なりわい(業)」という意味のаж ахуй アジアホイという熟語が登場。
アジアホイって、こっちむいてホイみたいで覚えやすい。

牧畜のмал аж ахуй に使ってますね。

4;あるいは、こっから、「ある状態を覚えておく=注意する」ажиг アジグという言葉を覚えられます。
注意とか注目という意味。

5;で、注意・するで、ажиглах。 л-という接尾辞は名詞から動詞を作れるから便利。

6;で、ажиглах 観察するから名詞を作るときに使う接尾辞も「л」でажиглал=観察。

7;で、この観察を「よく--である」という意味の「мхай, мтгай」をつけると「注意深い・用心深い」という単語のажигламтгай

8;逆に、「ない、ではない」という意味のүгүй, гүй をつけると、注意力散漫である=ажиггүйтэхという動詞がつくれます。

9;また、「ある状態でいるためにする=生活を成り立たせること」⇒ажил で仕事。
ажилчин で仕事をする人⇒労働者 

10;「ーーするのが好き」という「саг」をつけるとажилсаг⇒仕事をするのが好きな人=働き者。
11;逆に「ない」というгүй をつけると、ажилгүй=仕事がない⇒失業者。暇な人。

12;仕事・する⇒働く ажил-лах 
13;仕事をすること⇒活動・働きを持つで ажил+лаг+aa ажиллагаа で活動とか働き・機能
14;熟語で 活動という意味でよく使うのはүйл ажиллагаа
といった風に、まだまだ沢山の言葉が作られました。

一粒で14も美味しい。これはお得です。

用語が難しい!といいつつも、沢山の単語を覚えるときに、ある種の傾向がわかってくるとそこから、どんどん言葉が生まれていくというか、見つけられるのです。

この芋づる式単語習得法は、何かを翻訳しよう、なんていうときには脱線以外のなにものでもないのですが、初心者だった大学1年生のときに私が大好きだった学習法です。
蓮見治雄先生の「与太話茶飲み授業」と称された、雑談授業では、ほんとに沢山の派生語を教わりました。

なんで、こういう単語になったのか?っていうことをいろいろ突き詰めていくと、本場、モンゴル人ですら「へぇ!!!確かにそうです!そうです!」って大興奮でした。

ほんと、与太話っていうか、ぜーんぜんアカデミックな感じのしゃべり口調じゃなかったから、気軽に考えていたけれど、今、自分がモンゴル人の中で暮らしていると、蓮見先生が日本人でありながら、どんだけモンゴル人の本質や根源を理解していたかにびっくりしちゃいます。

すばらしい先生に教えていただいて、ほんとよかった。現役時代はちょっぴり、「どうせ与太話だ」とちょっぴり疎んじて授業をサボりまくったこともあったのですが、先生が退官する最後の記念授業のときに、「もっとちゃんとつっこんで授業受けておけばよかった」と最後の教え子だったのに、不肖の弟子でダメダメだったなぁ、と後悔です。

素材は少なくても、いろいろ応用し、あるものから無限にモノを生み出す。
上手にお隣から借用し、自分のものとして使いこなしちゃう。

この辺の器用さや臨機応変な柔軟性は、まさにモンゴル民族の特性です。

そして、モンゴル語を学ぶときにこういう本質を見極めることにより、自分が単語を丸暗記しているのではなく、モンゴル人的思考を踏襲して連想しているっていうことを実感できるのです。

文法とか辞書とか単語とか、書物や教室、机の前といった空間に固定せずに、自由に手足を動かし、あれやらこれやら試してみることで、よりモンゴル語を吸収しやすいシナヤカな脳みそが作れますよ。

これは別に若いから、とかって関係ない。20代でも40代でも関係ない、有効な方法です。
もう70歳近いおばばが、60歳直前から始めたモンゴル語で今でもガンガン単語数を増やし、モンゴル語をわくわくしながら翻訳したり、学んでいるのです。50歳まで眠っていた脳みそだって、楽しみながら覚えれば、外国語もぐんぐん上達するんです。

生活の基本単語や基礎会話は身につけてからモンゴルに来ていただきたいなぁ、あるいは現地研修でマスターしていただきたいなぁ、って思います。
そのサポートとして、弊社がお手伝いできたら、それは嬉しいことです。

ボランティアの皆さんは、自分の個人的興味で外国生活や異文化体験しに来るのではなくではなく、日の丸を背負って赴任国のためになるボランティアとして、専門的知識や技能を活かして貢献する活動のためにいらっしゃるのですから、外国語アップアップの「自分の精一杯」ではなく、モンゴル人が期待するスペックにこたえられるよう、日本でご活躍している経験を100%モンゴル国のために活用できるようにがんばっていただくのが筋であり、一人当たりの派遣に数百万円もの日本国の血税収入が使われていることの意義だと思います。

JOCVやSVが失業対策なんて揶揄されないよう、日本人のプロフェッショナルをモンゴル人にしっかり技術移転していただける活動のために、モンゴル語を楽しみながら習得していただけるといいなぁ、と思います。

とりあえず、国際協力っていう看板背負っちゃうと、大変なこともあるんだってことですよね。

それは当然のことだと思うのですが、出来る限り、モンゴルでストレスなく、全力投球でモンゴルでの活動に集中していただけるように、モンゴル在住者であり、モンゴルを愛し、共に歩いてきているモノとして、応援というか、お力になれたら、これはすっごい光栄なことだって思ってます。

私は、ほんとのほんとに100%のボランティアでブログを書いちゃってるので、自分の気が向かない限り、あれ書け、これはどうした?といわれても、迅速対応ってわけにはいかないこともあります。

でも、コメントでのご感想やご質問はこうやってブログネタとして活用させていただいていますし、コメントなど表立つことはなくとも、なんとなくきになってる読者様もいるであろう、疑問だったりするから、大歓迎です。

このブログを読んでくれている日本語ができるモンゴル人の皆さんも、千客万来です。
読者様の質問に、「モンゴル人としての見方」や「答え」として、コメント欄で対応していただけると嬉しいです。

毎日、一応、500人前後のユニークアクセス、2000PVくらいのご利用っていうのが、ここ1年ぐらいの傾向なのですから、モンゴルつながりの皆様の交流の場として活用していただけると嬉しいです。




昨日、あったかかったせいか、ウランバートルは雪降り模様です。
日中は天気よかったんだけど、日が傾いてきたら、風が強くなってきました。

モンゴル西部地方には、大雪警報・強風警報が出ています。

バヤンウルギー、ゴビアルタイ、ホブド東部、バヤンホンゴル南部、南ゴビ地域は、風速18-20m/秒、一部地域では最高24m/秒まで達する模様。

ザブハン、ウブルハンガイ、トゥブ、ドンドゴビ地方では吹雪になります。


今年の冬はどうも12月になっても気候が安定しません。
クリスマス前後や年末年始にモンゴル旅行を計画していらっしゃる方は、現地受け入れ先などからのお天気情報などを仕入れて、防寒等対策をとられることをお勧めします。

特に国内飛行機や車移動での地方旅行は、天候によって封鎖されたり、スケジュールが著しく変わることもありますから、余裕をもった旅程と「もしものとき」対策をランドオペレーターの会社が取っているかどうかを確認しておかないと、それこそ、鼻や指が凍傷でもげたり、傷ついたり、風邪引いたり、思いもよらずに健康が損なわれるリスクもあります。

モンゴルの冬は日本では体験できなような極寒が味わえますが、それなりに装備や心構えをしつつ、情報収集に努めることが大事です。