ブログネタ:趣味に月100万円使えるとしたら、何する? 参加中ブログネタなのに、月100万円、趣味に使えるとしたら?っていうテーマにむっちゃ、現実的に検討しております。まず、このためにわざわざ「金がかかる趣味」を検討しない。今現在でも既に「趣味」としてやってることで、果たして月100万円をつぎ込んでやりたいってことがあるだろうか?と考えています。
「趣味」=「道楽」。
ですから、この「趣味」で月100万円かかっても、儲けを得てはいかん。
うわー、、、一方通行の趣味かぁ・・・と勝手にハードル上げてみる。
以前、エコツーリズム推進プロジェクトのエコツーリズムガイド育成とかに関わるコンサルさんから「だるまちゃん、趣味、ある?」とたずねられました。以前っつーか、今月頭くらいのことです。つい最近だわさ。
私たちのようにエコツーリズムという、旅や地域振興、環境保護といった3本柱を並行して発展させようという取り組みで、かつエコツアーのガイドなんかやってたりすると、朝から晩まで、気がつけば「仕事のことばっか」になりがちです。だからこそ、「金に糸目をつけず、やりたいことを楽しんでやる」っていう趣味が大事です。
ある意味、「旅とモンゴル暮らし」って学生時代には、「趣味」だったことが、いまや、生活そのものになっちゃってる私としては、幸せと思いつつも、まあ「趣味」っていう感じじゃなくなっちまってる感じもある。だから、趣味がないっていうのもちょっと、情けないよね。
エコツアーオペレーターとして、人生は謳歌してなくっちゃ!
セ・ラ・ヴィですよね。
金が一方通行で出費してても、気にならないぜ!って張り切っている「趣味」としてやってるのは・・・「兼業遊牧」ですな。
ここをもうちょっと本気で極めてみたいですよね。
月100万円・・・1年で1200万円。
これだけあれば、結構、面白いことできる。
拠点を、
★ラクダ・ヤギ中心のゴビ地帯
★羊・牛・馬中心の草原地帯
★牛・馬中心の森林地帯
★アルタイ山脈のイヌワシ一家の遊牧
てな感じで分散させて、それぞれを、きっちりと、研究体制を整えて観察・体験・実験する。
この趣味に必要になってくる初期投資が
☆ゲルを買う
☆家畜小屋を建てる
☆家畜を購入する (それぞれの地元で「この人、すげえ!」って遊牧名人って評判な人から、適切な家畜100頭を買い取って、その人に委託して世話してもらうやり方)
☆放牧地域を選定し、放牧地登録をし、使用料等を支払うか、地元遊牧民と契約する
☆家畜それぞれにナンバリングをし、かつマイクロチップを埋め込んでGPSで移動状況がわかるようにする
☆気象の基本的なデータが集められる装置を設置する
☆正確に家畜の体重が計測でき、かつ記録ができる体重計を購入
さらに毎月かかるものとして
☆体の大きさを測定できるメジャーと記録係の人件費
四半期ごとに分けた場合
▲予防接種や寄生虫駆除等の伝染病対策用の獣医検診費
▲毛刈りやカシミア取り、牛乳搾乳等の作業費(まぁ、これは現物で相殺してあまるくらいあるから、余剰分はプールする)
▲移動にかかる引越し費用
▲干草やふすま、燕麦、ビール粕等冬用の餌
▲家畜税
▲各拠点へ行ってフィールドワークするための費用
こんな感じでしょうか?
計測を徹底的にやっての遊牧っていうのは、社会主義が崩壊してから、意外と誰も手をつけていない研究分野であります。
そう、今は仕事とかビジネスとかって経済的な考察が多い私ですが、学生時代は遊牧とかモンゴルの伝統的な風俗習慣といったことを調べるのが大好きで、通訳・翻訳等モンゴルがらみで稼いだお金のほとんどが学費とモンゴルでのフィールドワークにつぎ込んでいました。
一番お金がかかってたのが、約4年間にわたって、のべ2年間(四季各シーズンをそれぞれ2回ずつのフィールドワーク)を行ったフブスグルのツァータン住み込み調査でありました。今考えてみると、奨学金や科研費、研究助成金などを使わず、ぜーんぶ自腹の学生でありながら、研究費として、はじめのアプローチから、実際に論文を書いて修士号をいただくという目標を達成するまでに400万円近くかけた。今考えると結構なもんです。
でも、当時は研究費かかりすぎ!とかって全然考えてなかったのだった。
夢中になって、金に糸目をつけず、ただひたすら、「やりたい!」「知りたい!」っていう気持ちだけで突き進んでいたっていうのは、やっぱり「趣味」的にのめりこんでいたからこそ。
で、月100万円っていう趣味代が使えるならば、その当時の規模をさらに、これまでの経験や興味の蓄積を総動員して、もっとモンゴル全国規模で、徹底的に遊牧の伝統的生活の再現だったり、遊牧生活における経済性や自立経済のための損益分岐点の算出などもやってみたいです。さらに地元の人たちと協力して、「地元の遊牧資料館」みたいなものも作れたりしたら、最高!
自分の財産として「家畜」や「遊牧用の設備」を購入した場合、経営する者の立場として一番「得する」と思えるやり方を見つけるために、「市場の相場」や「その地域での相場や売り方」、市場調査(つまりはどこが安く必要なものが買えるか、どこが一番高く売れるかを知りたい)をした上で、自分が有利な流通手段はどんなやり方か、と地元の人たちがどんな風にやってるか、を調べるようになります。「だれそれがそうしてた」っていうのではなく、「ダムディンさんはこうしてた」「バトさんはああしてた」といういろんな事例を見聞きした上で、「で、私はこうする。なぜならば・・・」と根拠を持って行動する。
「ある姿をあるままに」というのも大事なことだ、と思うのですが、その先に、実際に自分でやってみて、損したり、得したりっていうのを感覚として、身にしみて覚えていくっていうことがあってこそ、本当の意味で、「モンゴルにとっての遊牧」の意義が語れる、っていう思いがあります。
現時点では、自分の資金力や生活の基盤との問題で、ウランバートル近郊でミニマム、委託っていう条件でやっています。テーマは「庶民の遊牧」
でも、もしも月100万円使えるってことになったら、私はもっと、どでかいアプローチをします。
モンゴルの自然気象や都市部からの距離などでティピカルな地域区分ごとに私が尊敬する遊牧民の皆さんと協力して拠点がモンゴル国自慢の「遊牧モデル地域」として盛り上げていけるような壮大な遊牧経済研究をやりたい。
ほんとに、遊牧民は現金収入がなく貧しいのか?
私は、ちゃんと遊牧を続けている人は、それなりにちゃーんと「計算」し「調整」して、持続的に自分たちが「生活できる手段」として経営できてる、れっきとした「自営業」「個人事業主」である、と考えています。
見た目が貧しく見えるから、すぐ外国人は「貧困社会=遊牧民への援助」とかいいますが、それはどうかな?って。
確かに100頭で5年で自立っていう考え方は、インフレ率が300%以上になっちゃった今、ムリ!って感じです。
じゃぁ、去年始めた260頭だったらどうだったか?
でも、今年は100頭かっきりで9月からの2年目がスタートしているので、研究としてはわかりやすい状況だから、まだしばらくはこれを「殖やす」っていう方向を考えています。
遊牧民の「断・捨・離」テクニックは、そもそもの「断」が徹底している。移動する際に無駄なものを運ぶ労力がもったいないっていうのが根底にあるからなんだけど、最近は、トラックもちもいたり、トラクターもちもいたりする。
以前は「共同で使える」っていうネグデルという組合が牛耳ってた役割が、「個人の余裕がある人」にシフトしたからですね。だから、それまでは、「あった」ものが自分でも必要なものだからゲットしたっていうことで、無駄な贅沢ではない。それに地元の人たちと貸し借りし合ってたりするから、自分だけで独占っていうことでもないのです。
基本的に、モンゴル人の自給自足(自分の生産性を生かして自分の必要なものを調達し、満足できるっていう意味で)してる遊牧民は、ちゃんと市場相場と自分が畜産品を売るタイミングを見ているし、駆け引きもできています。そして、壊れるまで道具を使う。道具を直す。そういう風に道具を何十年でも長く使い続けられるし、自分で作れちゃうから、市場で購入する必要がない。自分で必要なモノを自分で作る技術を持ってるってすごいことです。
逆に、若い人たちに目立つのが、市場で買える安いプラスチック製品の導入です。
プラスチック製品でも徹底的に使いつくせば、減価償却してあまりあるだけの使い手があるっていうことも遊牧民から学びました。
年間1200万円で4箇所に遊牧経済・生活文化の徹底調査をするための拠点を作らせてもらえれば、私にとっては十分です。それ以上のことは、初期投資で得た基本遊牧キットを活用して、持続的活動を行うことができるように運営します。
去年は、とにかく委託遊牧民の選択、越冬地の選択、家畜を買いうける時期の選択など根本的なところで致命的なミスが重なってしまいました。これは、私が発言力を男性にゆずるべき、なんて変な主婦感覚を持ち出して、軸がぶれちゃったから。
今年は、「研究者=調査する人」という立場で、自分が出資したものをどうコントロールするか、という軸をしっかり守って、兼業遊牧に取り組んでいます。
とはいえ、「私が金を出してるんだから」だけでごり押しできない、っていうモンゴル文化も当然ファジーに対応しなければ続けていけません。
その辺は「相互扶助」の感覚としてどのあたりが妥協点かってことを含めて、調査対象としております。
この「趣味」が実現できれば、私にとっては、「モンゴルでの自給自足遊牧民生活をするためのマニュアル」が作れたり、「遊牧経済」をミクロ&マクロ的に研究調査することができる。協力者の人たちもまた、自分たちが得意技・生業としている遊牧によって、日本人との絆が出来、さらに、もし2年間くらいでちゃんと元を取って利益を出せるようになっていたら、地方居住者にとって、持続的に地方を基盤に生活するためのビジネスモデルやライフプランとすることができるのです。
今、モンゴル国が直面している、人口の都市部集中・地方の過疎化促進という地方格差や貧富の差を緩和するための解決策を模索するためにも注目すべき「趣味」になるはずです。
私は、エコツーリズムと連動させた遊牧ライフによって、地方格差を是正し、モンゴル全土で「おらが草原」に対する愛着と誇りを基盤とした村落開発、自立経済の確立を目指したい。
今の政府やモンゴルをターゲットとしている人たちにとっては、鉱山開発はモンゴルが大金持ちになれるチャンス、と期待していると思います。
でも、モンゴルみたいに、天然資源の鉱脈だらけの国で、あちこちを掘り出したら、それこそ、モンゴルの「ブランド」である「遊牧」を行うための土地がますますなくなってしまう。
天然資源は掘ればなくなっちゃいます。何万年も眠り続けていたからこそ、モンゴルは「陸の孤島」としてほったらかしにされつつ、独自の文化を守り続けることができたんだと思います。
遊牧が国の主要産業のひとつとなっている国は世界でも有数です。
しかも、ちゃんと教育インフラや都市インフラが機能した状態で新興国として成長している中で、遊牧民が政治的にも無視できない存在として扱われている、という独立国はモンゴル以外にあるでしょうか?
天然資源も貴重ですが、人が代々受け継いできた生活文化や伝統的な知識や技術は、大切にすることで永続的に活用できる資源です。かけがえがない、という意味では天然資源も社会的文化資源もかわりがありません。
世界遺産において、自然遺産と文化遺産というカテゴリーがあるのも、人類にとっては、モノも人もどちらも同じように大切で継承していかなければならぬ、という意義があるからです。
というわけで、私は、モンゴル国のかけがえのない遊牧文化を徹底的に追求し、これを守る道や未来を探ることを「趣味」として、月100万円をつぎ込んでみたいと思います。
100万円といわなくてもいい。
実際は、月10万円あれば、とりあえず、ひとつ拠点が作れます。
「こんな趣味なら、おれもやってみたい」とお金をつぎ込みたくなった方は、ぜひモンゴルだるまに賭けてみてください。
・・・といいたいところだけれど、まずは来年の9月までぐるり1年間100頭規模でやってみたものでどんだけ儲かったり、損したり、やることがなにか?ってことを観察してから、でかい口をたたくことにします。
とりあえず、今は、そっと遠くで見守りつつ、後のために「貯金」しといてください。
他人様に損をさせないで持続的に遊牧できる!って手ごたえをつかんだところで、「モンゴルでの兼業遊牧って楽しいし、やりがいあるよ!」っていいたいと思います。
応援しててねー!


他人の家畜で観察・・・といいつつも、そういう研究アプローチも必要だよ!と参考書として愛読している本もご紹介します。
現代の遊牧民がほんとに、騎馬民族・遊牧国家としての誇りや伝統を失ったモンゴル人たちなのか、都会ばかり夢みる人たちなのか・・・この本も読んでから、ちょっと言葉を選びたくなると思います。
本気でどっぷりモンゴル遊牧民とつきあった日本人の記録・考察としてすごく参考になります。
「モンゴル 遊牧の四季 ゴビ地方遊牧民の生活誌」三秋 尚著 鉱脈社出版 定価3500円(本体3398円)1995年刊
アマゾンでも楽天でも販売商品になってないのですが、この本は絶対読んでおくといいです。
1990年代に大阪外国語大学のモンゴル研究者が中心となって、自然科学的アプローチや経済学、モンゴル文化人類学、社会学的様々な分野の専門家や学生がコラボレーションした「ゴビプロジェクト」の集大成的な遊牧本。
農学博士で特に草地学がご専門だった三秋先生のフィールドワークがまとまった本です。1990年代で初めて遊牧民のところで越冬した日本人研究者として最高齢だったんじゃないだろうか?
モンゴルが民主化したからこそ、私たち日本人が遊牧民のところに住み込みで長期間滞在型のフィールドワークができるようになった!という草分け的な調査プロジェクトでした。
現代モンゴル遊牧民の民族誌―ポスト社会主義を生きる/風戸 真理

¥5,460
Amazon.co.jp
2000年代に京都大学大学院のうら若き女性研究者が住み込みありの遊牧フィールドワークをした集大成。
2003年以降にモンゴルの国土管理を揺るがした「土地法」などモンゴル国の遊牧に対する外的要因と遊牧民の暮らしの中にある内的要因の両方からアプローチした文化人類学的研究のまとめ。徹底的に観察者としてフィールドワークを行う著者の姿勢は迫力があり、その洞察力もすごいなぁって思います。同世代の方であり、自分が見てきたものや考察とも似ているので、共感!ただ、なぁんで私はこういう頭のよさげな、研究者っぽい文章が賭けなくなっちゃったのか・・・とがっかりする部分もある。モンゴル人家庭によくあるプライベートないざこざなども研究者の目で語られると、こうも観察的になるのか・・・とすごいなぁって思う。
でも、実際に自分がいざこざの中心にいたり、家畜の群が他のと混ざって困ったりって、いうビビッドな喜怒哀楽を経験しているっていう意味で、自分は結構貴重な経験をしておるなぁ、とも思いました。
まぁ、その辺が「趣味」と「研究職」との境目なんだろうな・・・
「趣味」=「道楽」。
ですから、この「趣味」で月100万円かかっても、儲けを得てはいかん。
うわー、、、一方通行の趣味かぁ・・・と勝手にハードル上げてみる。
以前、エコツーリズム推進プロジェクトのエコツーリズムガイド育成とかに関わるコンサルさんから「だるまちゃん、趣味、ある?」とたずねられました。以前っつーか、今月頭くらいのことです。つい最近だわさ。
私たちのようにエコツーリズムという、旅や地域振興、環境保護といった3本柱を並行して発展させようという取り組みで、かつエコツアーのガイドなんかやってたりすると、朝から晩まで、気がつけば「仕事のことばっか」になりがちです。だからこそ、「金に糸目をつけず、やりたいことを楽しんでやる」っていう趣味が大事です。
ある意味、「旅とモンゴル暮らし」って学生時代には、「趣味」だったことが、いまや、生活そのものになっちゃってる私としては、幸せと思いつつも、まあ「趣味」っていう感じじゃなくなっちまってる感じもある。だから、趣味がないっていうのもちょっと、情けないよね。
エコツアーオペレーターとして、人生は謳歌してなくっちゃ!
セ・ラ・ヴィですよね。
金が一方通行で出費してても、気にならないぜ!って張り切っている「趣味」としてやってるのは・・・「兼業遊牧」ですな。
ここをもうちょっと本気で極めてみたいですよね。
月100万円・・・1年で1200万円。
これだけあれば、結構、面白いことできる。
拠点を、
★ラクダ・ヤギ中心のゴビ地帯
★羊・牛・馬中心の草原地帯
★牛・馬中心の森林地帯
★アルタイ山脈のイヌワシ一家の遊牧
てな感じで分散させて、それぞれを、きっちりと、研究体制を整えて観察・体験・実験する。
この趣味に必要になってくる初期投資が
☆ゲルを買う
☆家畜小屋を建てる
☆家畜を購入する (それぞれの地元で「この人、すげえ!」って遊牧名人って評判な人から、適切な家畜100頭を買い取って、その人に委託して世話してもらうやり方)
☆放牧地域を選定し、放牧地登録をし、使用料等を支払うか、地元遊牧民と契約する
☆家畜それぞれにナンバリングをし、かつマイクロチップを埋め込んでGPSで移動状況がわかるようにする
☆気象の基本的なデータが集められる装置を設置する
☆正確に家畜の体重が計測でき、かつ記録ができる体重計を購入
さらに毎月かかるものとして
☆体の大きさを測定できるメジャーと記録係の人件費
四半期ごとに分けた場合
▲予防接種や寄生虫駆除等の伝染病対策用の獣医検診費
▲毛刈りやカシミア取り、牛乳搾乳等の作業費(まぁ、これは現物で相殺してあまるくらいあるから、余剰分はプールする)
▲移動にかかる引越し費用
▲干草やふすま、燕麦、ビール粕等冬用の餌
▲家畜税
▲各拠点へ行ってフィールドワークするための費用
こんな感じでしょうか?
計測を徹底的にやっての遊牧っていうのは、社会主義が崩壊してから、意外と誰も手をつけていない研究分野であります。
そう、今は仕事とかビジネスとかって経済的な考察が多い私ですが、学生時代は遊牧とかモンゴルの伝統的な風俗習慣といったことを調べるのが大好きで、通訳・翻訳等モンゴルがらみで稼いだお金のほとんどが学費とモンゴルでのフィールドワークにつぎ込んでいました。
一番お金がかかってたのが、約4年間にわたって、のべ2年間(四季各シーズンをそれぞれ2回ずつのフィールドワーク)を行ったフブスグルのツァータン住み込み調査でありました。今考えてみると、奨学金や科研費、研究助成金などを使わず、ぜーんぶ自腹の学生でありながら、研究費として、はじめのアプローチから、実際に論文を書いて修士号をいただくという目標を達成するまでに400万円近くかけた。今考えると結構なもんです。
でも、当時は研究費かかりすぎ!とかって全然考えてなかったのだった。
夢中になって、金に糸目をつけず、ただひたすら、「やりたい!」「知りたい!」っていう気持ちだけで突き進んでいたっていうのは、やっぱり「趣味」的にのめりこんでいたからこそ。
で、月100万円っていう趣味代が使えるならば、その当時の規模をさらに、これまでの経験や興味の蓄積を総動員して、もっとモンゴル全国規模で、徹底的に遊牧の伝統的生活の再現だったり、遊牧生活における経済性や自立経済のための損益分岐点の算出などもやってみたいです。さらに地元の人たちと協力して、「地元の遊牧資料館」みたいなものも作れたりしたら、最高!
自分の財産として「家畜」や「遊牧用の設備」を購入した場合、経営する者の立場として一番「得する」と思えるやり方を見つけるために、「市場の相場」や「その地域での相場や売り方」、市場調査(つまりはどこが安く必要なものが買えるか、どこが一番高く売れるかを知りたい)をした上で、自分が有利な流通手段はどんなやり方か、と地元の人たちがどんな風にやってるか、を調べるようになります。「だれそれがそうしてた」っていうのではなく、「ダムディンさんはこうしてた」「バトさんはああしてた」といういろんな事例を見聞きした上で、「で、私はこうする。なぜならば・・・」と根拠を持って行動する。
「ある姿をあるままに」というのも大事なことだ、と思うのですが、その先に、実際に自分でやってみて、損したり、得したりっていうのを感覚として、身にしみて覚えていくっていうことがあってこそ、本当の意味で、「モンゴルにとっての遊牧」の意義が語れる、っていう思いがあります。
現時点では、自分の資金力や生活の基盤との問題で、ウランバートル近郊でミニマム、委託っていう条件でやっています。テーマは「庶民の遊牧」
でも、もしも月100万円使えるってことになったら、私はもっと、どでかいアプローチをします。
モンゴルの自然気象や都市部からの距離などでティピカルな地域区分ごとに私が尊敬する遊牧民の皆さんと協力して拠点がモンゴル国自慢の「遊牧モデル地域」として盛り上げていけるような壮大な遊牧経済研究をやりたい。
ほんとに、遊牧民は現金収入がなく貧しいのか?
私は、ちゃんと遊牧を続けている人は、それなりにちゃーんと「計算」し「調整」して、持続的に自分たちが「生活できる手段」として経営できてる、れっきとした「自営業」「個人事業主」である、と考えています。
見た目が貧しく見えるから、すぐ外国人は「貧困社会=遊牧民への援助」とかいいますが、それはどうかな?って。
確かに100頭で5年で自立っていう考え方は、インフレ率が300%以上になっちゃった今、ムリ!って感じです。
じゃぁ、去年始めた260頭だったらどうだったか?
でも、今年は100頭かっきりで9月からの2年目がスタートしているので、研究としてはわかりやすい状況だから、まだしばらくはこれを「殖やす」っていう方向を考えています。
遊牧民の「断・捨・離」テクニックは、そもそもの「断」が徹底している。移動する際に無駄なものを運ぶ労力がもったいないっていうのが根底にあるからなんだけど、最近は、トラックもちもいたり、トラクターもちもいたりする。
以前は「共同で使える」っていうネグデルという組合が牛耳ってた役割が、「個人の余裕がある人」にシフトしたからですね。だから、それまでは、「あった」ものが自分でも必要なものだからゲットしたっていうことで、無駄な贅沢ではない。それに地元の人たちと貸し借りし合ってたりするから、自分だけで独占っていうことでもないのです。
基本的に、モンゴル人の自給自足(自分の生産性を生かして自分の必要なものを調達し、満足できるっていう意味で)してる遊牧民は、ちゃんと市場相場と自分が畜産品を売るタイミングを見ているし、駆け引きもできています。そして、壊れるまで道具を使う。道具を直す。そういう風に道具を何十年でも長く使い続けられるし、自分で作れちゃうから、市場で購入する必要がない。自分で必要なモノを自分で作る技術を持ってるってすごいことです。
逆に、若い人たちに目立つのが、市場で買える安いプラスチック製品の導入です。
プラスチック製品でも徹底的に使いつくせば、減価償却してあまりあるだけの使い手があるっていうことも遊牧民から学びました。
年間1200万円で4箇所に遊牧経済・生活文化の徹底調査をするための拠点を作らせてもらえれば、私にとっては十分です。それ以上のことは、初期投資で得た基本遊牧キットを活用して、持続的活動を行うことができるように運営します。
去年は、とにかく委託遊牧民の選択、越冬地の選択、家畜を買いうける時期の選択など根本的なところで致命的なミスが重なってしまいました。これは、私が発言力を男性にゆずるべき、なんて変な主婦感覚を持ち出して、軸がぶれちゃったから。
今年は、「研究者=調査する人」という立場で、自分が出資したものをどうコントロールするか、という軸をしっかり守って、兼業遊牧に取り組んでいます。
とはいえ、「私が金を出してるんだから」だけでごり押しできない、っていうモンゴル文化も当然ファジーに対応しなければ続けていけません。
その辺は「相互扶助」の感覚としてどのあたりが妥協点かってことを含めて、調査対象としております。
この「趣味」が実現できれば、私にとっては、「モンゴルでの自給自足遊牧民生活をするためのマニュアル」が作れたり、「遊牧経済」をミクロ&マクロ的に研究調査することができる。協力者の人たちもまた、自分たちが得意技・生業としている遊牧によって、日本人との絆が出来、さらに、もし2年間くらいでちゃんと元を取って利益を出せるようになっていたら、地方居住者にとって、持続的に地方を基盤に生活するためのビジネスモデルやライフプランとすることができるのです。
今、モンゴル国が直面している、人口の都市部集中・地方の過疎化促進という地方格差や貧富の差を緩和するための解決策を模索するためにも注目すべき「趣味」になるはずです。
私は、エコツーリズムと連動させた遊牧ライフによって、地方格差を是正し、モンゴル全土で「おらが草原」に対する愛着と誇りを基盤とした村落開発、自立経済の確立を目指したい。
今の政府やモンゴルをターゲットとしている人たちにとっては、鉱山開発はモンゴルが大金持ちになれるチャンス、と期待していると思います。
でも、モンゴルみたいに、天然資源の鉱脈だらけの国で、あちこちを掘り出したら、それこそ、モンゴルの「ブランド」である「遊牧」を行うための土地がますますなくなってしまう。
天然資源は掘ればなくなっちゃいます。何万年も眠り続けていたからこそ、モンゴルは「陸の孤島」としてほったらかしにされつつ、独自の文化を守り続けることができたんだと思います。
遊牧が国の主要産業のひとつとなっている国は世界でも有数です。
しかも、ちゃんと教育インフラや都市インフラが機能した状態で新興国として成長している中で、遊牧民が政治的にも無視できない存在として扱われている、という独立国はモンゴル以外にあるでしょうか?
天然資源も貴重ですが、人が代々受け継いできた生活文化や伝統的な知識や技術は、大切にすることで永続的に活用できる資源です。かけがえがない、という意味では天然資源も社会的文化資源もかわりがありません。
世界遺産において、自然遺産と文化遺産というカテゴリーがあるのも、人類にとっては、モノも人もどちらも同じように大切で継承していかなければならぬ、という意義があるからです。
というわけで、私は、モンゴル国のかけがえのない遊牧文化を徹底的に追求し、これを守る道や未来を探ることを「趣味」として、月100万円をつぎ込んでみたいと思います。
100万円といわなくてもいい。
実際は、月10万円あれば、とりあえず、ひとつ拠点が作れます。
「こんな趣味なら、おれもやってみたい」とお金をつぎ込みたくなった方は、ぜひモンゴルだるまに賭けてみてください。
・・・といいたいところだけれど、まずは来年の9月までぐるり1年間100頭規模でやってみたものでどんだけ儲かったり、損したり、やることがなにか?ってことを観察してから、でかい口をたたくことにします。
とりあえず、今は、そっと遠くで見守りつつ、後のために「貯金」しといてください。
他人様に損をさせないで持続的に遊牧できる!って手ごたえをつかんだところで、「モンゴルでの兼業遊牧って楽しいし、やりがいあるよ!」っていいたいと思います。
応援しててねー!


他人の家畜で観察・・・といいつつも、そういう研究アプローチも必要だよ!と参考書として愛読している本もご紹介します。
現代の遊牧民がほんとに、騎馬民族・遊牧国家としての誇りや伝統を失ったモンゴル人たちなのか、都会ばかり夢みる人たちなのか・・・この本も読んでから、ちょっと言葉を選びたくなると思います。
本気でどっぷりモンゴル遊牧民とつきあった日本人の記録・考察としてすごく参考になります。
「モンゴル 遊牧の四季 ゴビ地方遊牧民の生活誌」三秋 尚著 鉱脈社出版 定価3500円(本体3398円)1995年刊
アマゾンでも楽天でも販売商品になってないのですが、この本は絶対読んでおくといいです。
1990年代に大阪外国語大学のモンゴル研究者が中心となって、自然科学的アプローチや経済学、モンゴル文化人類学、社会学的様々な分野の専門家や学生がコラボレーションした「ゴビプロジェクト」の集大成的な遊牧本。
農学博士で特に草地学がご専門だった三秋先生のフィールドワークがまとまった本です。1990年代で初めて遊牧民のところで越冬した日本人研究者として最高齢だったんじゃないだろうか?
モンゴルが民主化したからこそ、私たち日本人が遊牧民のところに住み込みで長期間滞在型のフィールドワークができるようになった!という草分け的な調査プロジェクトでした。
現代モンゴル遊牧民の民族誌―ポスト社会主義を生きる/風戸 真理

¥5,460
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2000年代に京都大学大学院のうら若き女性研究者が住み込みありの遊牧フィールドワークをした集大成。
2003年以降にモンゴルの国土管理を揺るがした「土地法」などモンゴル国の遊牧に対する外的要因と遊牧民の暮らしの中にある内的要因の両方からアプローチした文化人類学的研究のまとめ。徹底的に観察者としてフィールドワークを行う著者の姿勢は迫力があり、その洞察力もすごいなぁって思います。同世代の方であり、自分が見てきたものや考察とも似ているので、共感!ただ、なぁんで私はこういう頭のよさげな、研究者っぽい文章が賭けなくなっちゃったのか・・・とがっかりする部分もある。モンゴル人家庭によくあるプライベートないざこざなども研究者の目で語られると、こうも観察的になるのか・・・とすごいなぁって思う。
でも、実際に自分がいざこざの中心にいたり、家畜の群が他のと混ざって困ったりって、いうビビッドな喜怒哀楽を経験しているっていう意味で、自分は結構貴重な経験をしておるなぁ、とも思いました。
まぁ、その辺が「趣味」と「研究職」との境目なんだろうな・・・





