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ケチ? 参加中
モンゴル国で、「お前はケチだ」っていうのは、最悪の侮辱であり、罵詈雑言ランクとしてはかなり上位を占める。
シンプルライフで質素&清貧と思いきや、モンゴル人は、わりとケチるとか倹約とかしません。
ケチると、収入も減るとか言われています。
例えば、冬の保存食であるアーロールやビャスラクといったチーズたち。
春がきたら、とっととぜーんぶ来客に振舞ったりして、なるべく早く消費しようとします。
5月になったら子牛が生まれ、6月ごろには子牛も放牧に出せるようになる。
で、牛の搾乳量も増えるから、新鮮なチーズやヨーグルトといった家畜の恵みがいただける。
にも関わらず、前の年のチーズなどをちびちびケチっているというのは、「縁起が悪い」んだって。
入ってくるってわかっているものを「溜め込む」のは、ケチとみなされます。
あと来客が来たときに振舞う酒や乳製品、料理をケチるのもNGです。
どんだけおなかがすいていて、食料が乏しくても、来客があったら、客優先。
1990年代初頭、物不足で栄養失調になりそうなくらいの頃、とあるモンゴル人宅にホームステイしていました。
ぜんぜん現金の手持ちがなく、残っている食材はジャガイモ4個と羊のあばら骨数本のみ。
で、一家4人で数日間を何とかしなければいけない。
そんな状況でお客さんきた。
なんと家のおかみさんは、なけなしのジャガイモ4個とあばら骨をぜーんぶ大なべに入れて塩茹でにしてお客さんに振舞いました。
唖然としました、私。
どうすんのさーーーーーー!!!!
でも来客が来たときに、何にも出さないのは失礼にあたるだけでなく、その後「口の縁が悪くなる」というのがモンゴル流。
一家の食事自体は、すごく質素で、ほんとちびちび、毎日水っぽい汁物で我慢していても、お客さんに対しては絶対ケチりません。
今も変わらず。
それから20年。
私は・・・倹約家を心がけ、清貧をよし、とする金銭欲から解放された人生を歩んでいます。
預貯金があっという間に、モンゴル人とのイザコザで騙し取られたときも、「金を手放せば、この人たちの嫌がらせから解放されるなら、仕方ないか」って諦めることはできました。一通り、司法の場でどういう交渉ごとや手続きが行われるか、刑事事件の警察の取調べの手順とかも経験できて、自分の中で納得できてしまったら、不思議と金額の大きさのわりに、未練とか悔しさなどはなかったです。
こういう私って、「ケチ」じゃない!って思うんだけど・・・
でも、生活費の確保とか長期的な視点にたっての資金繰りなどの感覚があると、モンゴル庶民派ピープルからすると、やっぱり「ケチ」なんだって。
国民性の根底にジャイアンスピリッツが脈々と受け継がれているモンゴルの民・・・
他人がお金をどう使おうがかまわないじゃないか!
おまけに、私の生活において、多少のお金の余裕ができたからといって、なぜその80%余りもを、家族でも親戚でもないあなたたちのために融通したり、使ったりしなきゃいけないの?意味わからんよ???
この「人の金」ですら、自分の好きに使えないと「ケチンボ」呼ばわりしてプレッシャーをかけてくる感覚は、20年たってもぜんぜん慣れません。納得いかんわい!!!
私、基本的に、生活費は節約できるところは極限までコスト削減したいタイプです。
水も水道代っていうだけでなく、ウランバートル市の水源のポテンシャルが既に、この市内の生活用水および工業用水の需要をまかなうには不足気味である、ってこともODA調査などでわかっているだけに、一滴だって無駄にはしたくない。
だからトイレも自宅は小なら、紙はゴミ箱に捨て、流す水も最小限。タライにいれた3リットルの水で事足りる。
洗濯もお風呂の残り湯。
歯磨きのときなどもこまめに蛇口を閉めます。
電気も同様。
電気代が高いっていうのもありますが、冬はほとんど冷蔵庫・冷凍庫は使いません。
そのために、今年のように隙間風激しい冬は、台所全体を冷蔵庫に、ベランダを冷凍庫にしてしまいます。
でもね、、、何か仕事で必要だ!とかっていうことに対しては、ケチりたくない。
使うべきときに手持ちのお金がないから、断念しなきゃいけないっていう状況にはしたくないので、普段、爪に火をともす勢いで倹約しているのです。
あと、ご馳走を食べたい!っていう時ね。
気分転換したい、とか自分へのご褒美!っていうときに、自分が食べたいものをゴージャスに、料理の値段を気にせず美味しくいただきたいです。
友達や知人に「お金の無心」をされると、断りづらく、結局、お金は返ってこないっていうことが「よくある」んですね。金の切れ目が縁の切れ目、ってすぱっと断絶しきれない立場の人とかもいる。
別に「返さないわけじゃないけど、今、手元にお金がないだけ」とどの人も判を押したように言い訳一緒。
このルーズさって、「友達に対して、借金の返済を強要するのはケチンボの烙印を押されるから嫌だろう」っていう心理的な常識プレッシャーで開き直るっていう戦略なんだと思う。
私、ケチンボっていわれてもいいから、「借りた金は返せ」という「ナニワ金融道」的常識は、モンゴルでもちゃんと普及されるべきだって思うんだけどなぁ。
信用失ったっていいや、っていう開き直りは、ぜんぜんかっこよくないし、むしろ、情けない。
でも、恥の感覚ってそれぞれ違うからねー。
ケチンボっていわれるほうが恥なんでしょうね。
なので、最近は、手元に使える現金を置かないようにしています。
家計簿をつけて、大体の出費がわかってきたので、余分は、大抵、定期預金に入れちゃいます。
モンゴルの銀行の定期預金ってね・・・満期にならないと、預金者も自由に引きおろせない。
驚きだー。
日本の銀行は、定期預金を満期前に引き下ろすってなったら、利息分が普通預金扱いになるけれど、出してくれますよね、元本。
モンゴルはそれすらないのです・・・
だから、私だってどうしようもない。
無い袖は触れない。
すごく自信をもって、袖をじゃんじゃん触れます。
「ごめんねー。でもお金、無いの」
嘘じゃないから、堂々と断れます。
こういうのは自己防衛であって決してケチゆえの作戦ではありません。
それに、正直、「他人のお金を平気で湯水のように使い果たして、無心を繰り返せる」人に、お金を融通するのって、誰にとってもいいことない。
人間が堕落するし、「搾取されてる」っていう気分も悪い。
日本人は「借金の踏み倒しは縁の切れ目」
モンゴル人は、「友達の借金の申し込みを断るケチは縁の切れ目」
ならば、、、最初ッから、金の貸し借りが話題に上らないような状況にしてしまえばよいのだー。
といいつつ、相変わらず、ほんとチマチマしたお金を無心され、つい、「まったくの他人に迷惑をかけるくらいなら、自分が我慢すれば」って我慢しちゃうんだよなぁ。。。馬鹿だ、ほんと私はおばかチャンです。
散々、ブログでモンゴル人の金遣いの荒さについての警告とか借金問題について書いてるのにね。
こんな菩薩のような私に対して、鬼みたいな顔で「ケチんぼ」ってののしる人は、やっぱり・・・略。
ケチかどうかの自己判断のがっちりしたモノサシをちゃんと持っているほうが、モンゴル人とは健全なお付き合いができる、っていうことだけは確かです。
ケチって言われても、動揺しない鋼の心臓が欲しい・・・