モンゴルだるま@ウランバートルです。
ひきこもり2日目を迎えるところでしたが、さすがに、いつまでもグダグダしてるわけにもいかず、読者様以外、いたわってくれる家族もいないので、平常生活を心がけることにしました。
Wiiフィットも続けています。Wiiボードはそもそも、飛んだりはねたりするようには作られていないので、そういう意味で安心です。

中東・アフリカなど世界各国で、国家元首VS民衆という構造での闘争が勃発しております。
事の始まりは、フェイスブックだというのだから驚きだ、、、とソーシャルネットワークを見てから、面白かったら始めようなんて暢気に構えている場合ではない、と実感、あわてて一昨日ぐらいにフェイスブックに参加しましたよ。

それにしても強引であっても揺るぎがなさそうなアラブ諸国の政治基盤がまさかネットオタクっぽい若者たちの投じた不満から崩れる事態になるなんて。インターネットは軍事やアカデミックなフィールドからスタートし、一般ピープル、それこそ子供から老人までが様々な形で活用できるコミュニケーションツールとして普及したことの大きな影響・成果のひとつですね。

数年前、たまたま一時帰国(出稼ぎともいう)していたときに、お世話になってたジン・ネットが取材・制作をした番組でリビアとかイランとかの検証用資料映像を探しまくったことがありました。
またジンネット取材班が現地ロケをした際のインタビューの書き起こしとかさくっとした英語の翻訳などもやってたのですが、イランでもリビアでもそれぞれ、「言いたいことが何でもかんでも口に出せない」っていう状況の中でも民衆は意外と「まともな考え方」や「自由で壮大」ともいえる理想を持っているもんなんだなぁ・・・と驚いたものです。
モンゴルもそうですが、衛星チャンネルによって、国内外数十から百にも及ぶ多チャンネルが受診できるわけです。
私も一時帰国から戻ってきてからはもっぱらWiiフィットでテレビを使っているため、そんなにニュースにかじりついているわけじゃないけれど、ウランバートルですら、サンサルケーブルテレビというわりと大手のケーブルTV会社に加入していると、ニュースだけでも、モンゴルの国営+民放、内蒙古放送、中国の中央電子台、ロシア、韓国、ドイツ、イタリア、インド、フランスTV5アジア、オーストラリア、日本のNHKワールドプレミアム、パキスタン、新彊ウイグル自治区のカザフ語放送、Voice Of Americaで時間帯によってチベット語放送、たまーにアルジャジーラなど実に多彩なのです。大体英語字幕だったり、英語での放送です。ロシア語やドイツ語、イタリア語、スペイン語もニュース程度なら大体、どこも同じような映像を使っているから、わかるし。
同じような映像とニュースソースでありながら、それぞれの国や文化の違いから思想や事象分析のコメントが違うのを比較しながらみるのも結構面白いものです。

中近東の衛星放送では、なんとアニメ「キャプテン翼」や「NARUTO疾風伝」、「ちびまるこちゃん」なども見られるそうで、先日、静岡でお目にかかったパレスチナからきていた研修生の方々が「静岡といえばちびまるこちゃんの故郷」と言ってたり、「NARUTO」ではサスケ君が好き、とか意外な共通点で盛り上がりました。大人になってもアニメ好きだったおかげで、異文化交流も多いに楽しめました。

先日、モンゴルが「愛国者の日」で大騒ぎしていたわけですが、ほんとは何のお祝いなんだろう?と思ってたら、どうやら1921年、ジェプツンダンバホトグトボグドゲゲーン8世=モンゴル帝国のラストエンペラー崩御をきっかけに、世界で二番目の社会主義国として独立した日なんだそうです。

モンゴルには、7月11日の革命記念日とか11月26日の革命勝利記念日とか、12月29日の「自由記念日」とか、そういえば憲法記念日とかもあったりし、3月1日も「愛国者の日」などもあるのですが、私のような外国人も含め、モンゴル人ですら、ちゃんとニュースや新聞でチェックしていないと、何年のどういう所以のお祝いなのか、を把握してなかったりする。

そして、民主化し、市場経済国として1990年に新たな国づくりをすすめてきたモンゴル国で、一体、社会主義革命の勝利や独立を祝うのは妥当かどうか?といった議論もモンゴル国内のテレビでトークショーや討論番組として盛り上がったりしています。

1990年のモンゴル民主化が無血革命として成功した陰には、その前年の中国北京での6月の天安門事件やソ連邦がゴルバチョフ政権でペレストロイカとかグラースノスチなどがすすめられたといった2大隣国が鉄壁・難攻不落と思われた体制をぐらつかせた状況、というのがありました。
口コミ社会でソ連帰りのインテリ青年と労働者階級の青年たちがうまい具合にリーダー層を形成され、デモなどの組織体制がなんとなく時間をかけて形成されたうえで、「体制側」も時流を受け止めて変革に応じたから。そういう意味で、モンゴル人たちのバランス感覚はすごい!と思います。

私がチュニジアやエジプトそのほかの30年に及ぶ一人大統領体制が、インターネットでの不満のつぶやきが渦巻いて崩壊させられた、ってことに対して心配するのはなにか、というのは、独裁政権打倒を目指して結集した若者たちの間で、体制を壊した後、「どんな国づくりをしたいの?」というイメージのコンセンサスというか、自分たちが「体制を作っていく」ことの自覚みたいなものはあるのかなぁ?ということです。

モンゴルでは、せっかく無血革命になったにも関わらず、その後の5年間くらいは中央集権国家の統制経済崩壊後、インフラの脆弱さや富のコントロールに対する対処ができる人が「民主化勢力」の中にほとんどいなかったがために、結局、「モンゴル人民革命党」が政権を握ることが多く、一応、民主連合側と交代交代で政権についているような形でありながら、民衆の望みに応えれば応えるほどに貧富の差が激しくなり、学歴社会となり、遊牧民離れによる都市への人口集中化、大気汚染、森林伐採や野放し状態の草原や森の自然火災による森林資源の焼失などなど、あんまり「ハッピー」とは言いがたい社会に流れ着いているのが現状です。

言いたいことがいえるようになった、チャンスをつかむための努力が自由にできる、法律の網を潜り抜け、まったく今までの制度が想定していなかったビジネスモデルによってスタートダッシュをかけて、大成功する、などなど、若者であるほどにチャンスはでかく、多くなる社会、ともいえますが、「勝ち組」と「負け組」がハッキリしちゃう拝金主義な社会は、のほほんとした自然との融合・協調・共存していた遊牧文化にはなじまないなあ、となんとなく私も「負け組」に引きずられちゃってるわけです。

エジプトにしても、どこにしても、大衆が不満をぶつけ、がーーーーーーっと一気に噴出させて、国家元首をひきずりおろしているわけですが、そのあと、どうするのか?社会イメージもないままに、社会を崩壊させちゃうと、そのあとの国づくりって結構大変じゃないか?

比較的、普通だと思ってたバーレーンとかオマーンとかカタールとかまで、王政があやうくなってたりするのも驚き。

というのもね、、、モンゴルでは、「あいのり2」が見れないので、かわりに、「あいのりDVD」を楽しんでいるからです。「ヒデの旅した1年半」の6枚組DVD。
みかりんとたかのとおまみというこゆーーーーーーくてすさまじい女子メンバーが繰り広げる、恋愛バトルは、あいのり史上最高にホットで恋愛の駆け引き心理作戦の本気ぶりが如実にさらけだされた素晴らしいシーンの数々だったと思うのですが、どうやら、みかりん、タカノあたりの要望で、彼女たちが一気にカットされちゃって残念なことになってはいるけれど、それでも、やっぱり面白いのです。

未だに根強い人気のあいのりメンバーはこのヒデが旅した1年半に登場した人たちだといっても過言ではなかろう。

彼らが旅した中東諸国が今、ガラガラと崩れちゃっているのだと思うと、ある種の感慨があります。

1人の強いリーダーっていうのが、もはや中近東では望まれてないってことなのだろうか?

沈み行く日本はリーダー不在であることが嘆かれているわけですが・・・

今起きている世界中のすべてがすごく意味ある歴史の一ページだと思うんだけど、結局、その1ページで終わるわけがなくって、じゃあ、その先は?っていうことは、私達1人1人が作っていく、自分たちの行動や思想の結果によるんだっていう自覚をもって、歴史や時の流れも多様化する時期にきているんですね。

単なる不満で国がつぶれる、、、っていう以上に根深い意義を、今、動乱で大変なことになってる国の人々は理解あるいは意識しながら、戦っているのでしょうか?

そして、今のようなぐちゃぐちゃになってる日本政府に対して怒りや憤りを感じつつも、日本人が社会をひっくり返そう!的な民衆運動で政府攻撃しないっていうのは、穏健な国民性とか民度の高さや、ある種の自主独立経済を立て直すことに精一杯な個人が底力をつけることに必死だから、とかいろんな要因があるんでしょうね。

民意を政治に反映させるっていう民主化を要求するのに武力を用いるのは、決して民主主義的やり方だとは思えないんだけど、中東の人たちは、ほんと、一体何を、どんな社会を望んでいるんだろう?

モンゴル政府にも、アラブ諸国から色んな政府援助がキャッシュな形で入ってきているので、あんまり中近東情勢が不安定なのは歓迎できない状況だったりします。

ペタしてねあいのり ラブワゴンが出会った愛~ヒデが旅した1年半~DVD-BOX/ヒデ,タッキー,ユカ

¥13,440
Amazon.co.jp

モンゴルだるま@ウランバートル 今日はひきこもり、でした。
本日は、どうやらモンゴルでは、「愛国者の日」(もしかしたら昨日かも?)で、なにやら朗らかなイベント中継が目白押しでした。

家族が増えるのかも?というのは、ワクワクもするけれど、はっきりいって、自分の生活ペースが乱れることに対してのストレスもでかいよなぁ。。。といまだ、受け止めきれないでいます。

日頃、このブログでもモンゴル人を「自己中心的だ」とか「ジャイアン民族だ」と書いておきながら、結構、私自身もジャイアン化し、さらに自己中心的であることにかけては、モンゴル人にまったく引けを取らないということもそろそろ書いておく必要があるな、と。

モンゴル人って自己中心的なわりに、集団生活が大好きです。
というか独り暮らしができない人たち、多い気がする。
よくこんな限られたスペースで四六時中顔を突き合わせててうんざりしたり、イライラしたりしないなぁ、ってゲル生活で思ったりもしたわけですが、モンゴル人は、大家族で住むことに抵抗がないうえ、赤の他人が何日も、何ヶ月も居候するってことになってもほとんどストレスを溜め込まないタイプらしい。
それだけでも尊敬です。

私、ほんと客あしらいがだめなんですねー。
自分が居候的立場になるのは得意なんだけど。(ほら、ジャイアンだ)

そもそも自分が望んだ状況じゃないことに陥れられる(としか考えられない・・・)とほんと、ストレスMAXになるので、困るのです。

別にモノをいうわけでもないし、スペースとるわけでもないし、そもそも音を立てるってことすらないわけだから、生活習慣を大きく変えなきゃいけないことでもないって開き直れば、まあ、これはこれで面白い話なんだろうなぁ。。。

おなかが心なしかホッコリするのは、まぁ、それなりに心地よい、、、、気もしないでもないが・・・それ以上にこれからのことを考えると、、、ぜんぜん、これからのこと、が想像できない自分のイメージ貧困っぷりにも愕然とします。

オーバーフォーティーの独身女だからなのかなぁ?
母性本能とはまったく別の次元で、「あんた、ちょっとうざいんですけど」って戸惑いが・・・あぁ・・・明日、目が覚めたら、「なーんちゃって、うそだよーーん」ってなってたら、拍子抜けはしつつも、ホッと安堵できるんだろうな。

というわけで、あと一晩寝てみます。
起きてみたら、なんか解決してるかもしれない・・・

ペタしてね
モンゴルだるま@ウランバートルです。
青天の霹靂とか、鳩に豆鉄砲とか、ふりむけば痴漢とか、世の中いろんなことがあるけれど、自分がまったく期待も望みも持ってなかったのにいきなり家族が増えるというのはいかばかりの驚きか?

起業して1周年になろうか、というときに、まったく予期してなかった大型犬の飼い主になることになりました。
会社が軌道にのり、これから組織的経営でバリバリいくぜ!とオフィス物件を自腹をきって購入し、自宅アパートを購入し、ガリガリ働いていたら、私財の預金一切をモンゴル人共同経営者に騙し取られる、というどん底地獄に突き落とされてみたりもしました。

モンゴル在住8年目に、長年の夢だったプチ遊牧民生活が実現し、250頭余りの羊とヤギのオーナーになってみたりもしましたが、一冬すぎたら、半分しか厳しい冬を生き延びれなかった、という自然の洗礼も受けました。

突然、6歳の子供が転がりこんできて、継母ごっこをすることになったりもしました。

衝動的に馬2頭も飼っちゃいました。


まぁ、いろいろな衝動に突き動かされて四十まで突っ走ってきたわけですが・・・
すべてどっか、Let it beな感じだったのです。

でもね、、、今回ばかりは私もまったく望んでなかったし、
「はい、てなわけでよろしくねー」って言われても、「はい、そうですか」とは受け入れがたい状況です。

まぁ、ちっちゃくて、まだ男の子か女の子かもわかりません。
得たいの知れない、というか、まったく意志の疎通が取れなさそうな姿かたちをしております。

現在の自宅アパートに移り住んでから、いろんな生き物というか人々と同居してきました。

しかし、今回ほど戸惑いと不安とやれやれ感と、苛立ちというか、むかつきというかを抱きながら、かわいいなぁと思ったこともない気がする。

新しい家族(仮)は、まだ名前すらついてません。
プライバシーの公開が妥当かどうか・・・
ちょっと一晩考えようと思います。

以前も覚悟を決めた、と思ったら、するりと運命がすり抜けていったことがありました。
なので、今回も、どれだけ長く付き合うことになるのかも含め、あんまり期待せず、とりあえず成り行きに任せておこうかな、と思います。

ほんと、人生っていろんなことが起こるものですね。

ペタしてね