今日は、法科大学院協会や日弁連が主催の、列島横断ロースクール説明会に参加してきた。

 

神戸大学、大阪大学、関西学院大学、甲南大学、大阪市立大学、その他関西一円ロースクール修了の弁護士・裁判官・検察官が総勢10名程度が出席して、進行する説明会であり、セミナーの後には2時間程度の懇談会が開かれ、各テーブルに分かれて質疑応答を行った。その後、大阪府下の弁護士事務所に訪問して、そこでも1時間ぐらい話を聞くことができた。

 

上記学校の中に、私が、すでに合格あるいは受験している学校も含まれている為、当該校の修了生がいるテーブルで話をすることが出来た。概ね、想定内の話ばかりであったが、改めて確認したことは以下の通り

 

・どこの学校にいくよりも、どのような態度で学習に挑むかが大切である。とりわけ、多くの法曹が言及したことは、目標をしっかりと見据えて勉強すること、すなわち、早めから司法試験あるいは予備試験の問題をやって、自分の現在の立ち位置からゴールまでの距離を、測ることが必要である。

 

・ロースクールの授業は、基本的に司法試験に関係しているが、直結している訳ではないので、試験向けの勉強は自分でしなければならない。また、普段の講義も、試験に役立つものと試験にはあまり寄与しないものもあるけれども、つねに試験を念頭に授業に挑むことで、有用にすることができる。

 

・長期間のやる気をいかに保つことができるかが重要である。試験に合格するプロトタイプは司法試験までの期間、規則正しい生活を維持して、毎日集中力と勉強時間を保っていたこと。ロースクール修了後試験日までの学習期間も安定的に過ごせていたこと。

 

刑事事件を中心に扱う弁護士事務所では、法曹になりたての弁護士が初めて受けた国選弁護人の事件について話を聞くことが出来たが、大変有用であった。

 

以上

私は、某・私立大学を卒業し、10年間の社会人を経験(内、7年間はメーカー勤務、4年間は海外勤務)を経て、某大学(現在、国立2大学に的を絞っている)のロースクールに入学し、司法試験の合格を目指すものである。

一言でその動機を述べれば、社会人としての自らの成長には限界を感じ(社会的にも・個人的にも)、理不尽な世の中に一石を投じたい(社会はそもそも理不尽なものであるが)と、一念発起したものである(じっさいには悩み悩んで2015年8月に決意した。仕事を辞めたのは2016年の8月、大学を卒業して10年目である)。

人は、無謀な挑戦であると思われるかもしれないが、本人は相当に本気である。それは仕事をやりながら通信制大学で学んできた苦労(通信時代のブログはこちら)や、メーカーでの激務をこなしてきた経験から、人生の一時期の全生活を捧げることができれば不可能ではないし、一生を業界人として生きていくとしても収入や成長はすでに安定期に入ってしまい、これからは転職をふくめた処世術に長けていかなければいけないことを考えたときに、そのようなことで人生を投じているうちに人生の幅が狭まってしまうぐらいなら、むしろというか最後の掛けに出た方がよい生き様ではないかと、思ったからである。

犠牲にしなければならないことは途轍もなく大きいし、風当たりも厳しいものがあることは、十分に承知している。合格するまでの期間(途中で予備試験コースを取らなければ、順当に行っても最短5年かかる)社会的にもかなりのハンディキャップを負うことになる(その間働いていたとした場合の逸失利益はどれほどのものか。人生の幸福追求も、いったんお預けである。)

そういうこともすべて含めても、この戦いに挑戦する積りである。なるべく赤裸々に綴ることが、後に続く方のためにも・自分のためにも有益であろう(失敗すればそれでそれは有益な情報であろう)から、勉強の許される限りで筆を尽くしたいと思っている。

以上