本日より2回に分けてモンダンヨンピルカレンダー2012に書かれた文をご紹介いたします。

この文を読んで多くの方々が涙されたそうです。

韓国で私たちを想ってくれている方々の心がこもっています。

来年のカレンダーにはどんな文が記載されるのか今から楽しみです。

モンダンヨンピルcaffe

モンダンヨンピル日本公演のパンフレットにも転載させて頂きました。

チョンさんが心を込めて翻訳してくれました。

モンダンヨンピルパンフレット3面とその訳文を皆様に公開いたします。


朝鮮学校はウリハッキョ(私たちの学校)です。



モンダンヨンピルcaffe

植民地支配当時に日本へ連れてこられた彼らは、その支配から解放された故郷へ子どもたちを連れて帰ることは出来ませんでした。
そこで、残った彼らはウリマルを知らない子供たちのために가, 갸, 거, 겨 (カ・ギャ・コ・ギョ) ウリマル(国語=朝鮮語)講習所を作りました。のちのウリハッキョです。日本全国に雨あがり後の筍のように次々と作られたウリマル講習所では、生まれて初めて故郷に思いを馳せる子どもたちの
澄んだ声が響き渡りました。
 けれどもその故郷は、北・南に分かれて互いにいがみ合い戦っていました。そんな故郷に帰るのが怖くなり、その上日本政府は、帰国するのならそれまでにためた血とあせの滲んだ財産をすべて置いて行けと言いました。そのため帰国の時期をもう少しだけ待ってみることにしました。
 それが60年もの長い歳月待つことになろうとは・・・その時誰が思ったことでしょう。
 故郷では恐ろしい戦争が起こり、冷たいイデオロギー対立の時代が続きました。わけも知らず故郷を訪ねた人々はスパイにされ、生まれ故郷はだんだん日本にとり残された彼らを忘れていきました。
日本ではキムチ臭い、ニンニク臭いと差別され、ウリハッキョに通うチマチョゴリを着た少女たちは毎日暴力の危険に晒されました。
祖国で何かことが起こる度に、矛先はいつも子どもたちに向けられました。
しかし、死にもの狂いで集めたお金で建てたウリハッキョ、どんなに差別され、否定されても捨てられないたったひとつの大切なもの、ウリハッキョだけは守らなければなりませんでした。
いつか統一した祖国の、その国籍になるであろう「朝鮮籍」を捨てられないのも同じです。
それは近い将来、私たちの子どもが生きていくひとつになった祖国です。
たとえ異国の地で三、四世代に渡って蔑まれながら生きていても、最後まで捨てられないたったひとつの自尊心は、私たちが他でもない「朝鮮人」であるという事実です。
 朝鮮人が朝鮮語を話し、朝鮮人が朝鮮語で考えることの何がいけないというのでしょうか。どんな論理や説得によっても、これだけは変えることが出来ません。
 長い年月の中で400余ヶ所のウリマル講習所が80余ヶ所の朝鮮学校に変わったけれど、代々引き継がれ変わらないものは「ウリハッキョがまさにウリの故郷」であるという事実です。ここで育った私たちの孫娘、孫息子たちがウリマルで故郷を歌い、ウリマルで統一を歌う限り、ウリハッキョは世界中の何ものにも替えられない、私たちみんなの誇らしい宝物です。


モンダンヨンピルカレンダー2013(2013年1月~12月)予約受付中

詳しくは下記リンクよりご覧下さい。
http://ameblo.jp/mongdangj/entry-11426782694.html



モンダンヨンピルカレンダー2013一部公開
http://ameblo.jp/mongdangj/entry-11429626581.html