現在、放射能汚染と戦い続けている福島ウリハッキョ。
福島ハッキョには今年入学生がいませんでした。
入学式ではなく始業式が行われました。
そして、新潟ハッキョとの合同授業も確定したようです。
5月、9月、11月の3回、2週間ずつ新潟ハッキョで合同授業を行う予定だそうです。
しかし、ウリハッキョの先生達は負けません。
逆境を跳ね返すために協議を続けているそうです。
そして、嬉しい話が。
いつも故障に悩まされていた福島ハッキョバスが新しくなって寄贈されしました!
これから、何度も新潟―福島間を走り回り大活躍してくれると思います。
福島の皆様、これからも応援していきます。共にいきましょう。
4月5日のブログより抜粋
「入学式」ならぬ「始業式」
41年の学校歴史の中で初めてでしょうね。
今年度は、初,中級部ともに入学生を迎え受けれなかったため、「2012学年度 始業式」となりました。
沢山の祝電を受けたものの、そんな理由のため掲示出来なかった事を、深くお詫びいたします。
到着した、いわゆるピョッポや垂れ幕等はすべて展示しています。コマプスムニダ。
手紙やハガキも沢山来ています。重ねてコマプスムニダ。
報告が遅れましたが、あれは…3月の28日か29日でしたね。
全国の朝高選抜ボクシング部の遠征組が、ハッキョに来てくれました。
4月4日付けの新聞で見る限り、茨城県で行われた選手権大会に参加していたみたいなのですが、全国の朝高ボクシング部が募った寄付金とおかしや色紙等を持ち寄って挨拶に来てくれました。
勿論、その日は卒業式も終え放学中だったのですが、これまたサッカー部の合同合宿として茨城ハッキョで訪れていた数名が、タイミング良く帰って来たので直接挨拶をする事が出来ました。
中には朝鮮新報の内容の通りに、選手権大会で優勝した人もいたらしく、金メダルを首にかけてくれたりと、サービスも盛り沢山でした。
ともあれ、この期間も沢山のトンポたちに支えられてきたウリハッキョです。
「セ ポス」
ウリハッキョに新しいハッキョポスがやってきました。
前回の新バスは15年前。私が中学2年生の頃でした。
「希望(フィマン)25号」と名付けられたバスは、新しいバスとバトンタッチするかのように、学校を旅立って行きました。
見送る私とS会長は、なんとも言えぬ物悲しさを感じましたが…出会いは別れの始まり、別れは新たな出会いの始まりと思うしかありませんでした。
40周年を記念して、「学校創立40周年記念実行委員」の皆さんが、工面した基金(県下を主とした県外からも連なる、色んなトンポ達から成る基金)を元にして今回のバスは用意されました。
ヨンマルロ コマプスミニダ!
いつの世も、「人としての歴史を繋げる事」は、「人としての生命を繋げる事」よりも、遥かに難しい事だと私は常に思います。
「福島ハッキョ」と「ウリ オリニ」たちを、皆の力で育てていきたい。
40周年を記念するという今年度、「それ」を皆で築き、気付かせる絆を、必ず創りあげましょう。
4月8日のブログより
新潟朝鮮初中級学校に、教員ら数名が訪ねて行きました。
その理由は、「5月」,「9月」,「11月」の3回にかけて行われる、合同生活の方針と対策を立てるためです。
詳しい内容は、また後日お知らせしますが、この月間に福島生が2週間ずつ泊まり込みで生活する事は確定です。
昨年度の成果と課題を話し合い、より良い学校運営法を考え導き出しました。
どこもやった事がないことをやるわけだから大変です。
しかし、学生たちの負担にならないよう、今回の合同生活の目標は、子供たちが「次はいつまた合同生活出来るの?」と思うように、楽しい学校生活創りをする事です。
勿論、勉強がおろそかになってもいけませんし、合同生活する根本的な問題の「被ばく避難」という面もあります。
ですが、いずれ来るべき全国的な合同学校の生活方法や方向性を見出すための、モデル学校としての気風をしっかりと立てる事が出来れば、福島と新潟のハッキョだけではなく、全国のウリハッキョの新しい可能性になるのではないか…と言うわけです。
写真はありませんが、教職員一同必死です。
朝鮮人は、逆境にこそ強く、また根強く育つわけです。
福島ウリハッキョブログ
http://blog.goo.ne.jp/chongsongchol
福島ハッキョには今年入学生がいませんでした。
入学式ではなく始業式が行われました。
そして、新潟ハッキョとの合同授業も確定したようです。
5月、9月、11月の3回、2週間ずつ新潟ハッキョで合同授業を行う予定だそうです。
しかし、ウリハッキョの先生達は負けません。
逆境を跳ね返すために協議を続けているそうです。
そして、嬉しい話が。
いつも故障に悩まされていた福島ハッキョバスが新しくなって寄贈されしました!
これから、何度も新潟―福島間を走り回り大活躍してくれると思います。
福島の皆様、これからも応援していきます。共にいきましょう。
4月5日のブログより抜粋
「入学式」ならぬ「始業式」
41年の学校歴史の中で初めてでしょうね。
今年度は、初,中級部ともに入学生を迎え受けれなかったため、「2012学年度 始業式」となりました。
沢山の祝電を受けたものの、そんな理由のため掲示出来なかった事を、深くお詫びいたします。
到着した、いわゆるピョッポや垂れ幕等はすべて展示しています。コマプスムニダ。
手紙やハガキも沢山来ています。重ねてコマプスムニダ。
報告が遅れましたが、あれは…3月の28日か29日でしたね。
全国の朝高選抜ボクシング部の遠征組が、ハッキョに来てくれました。
4月4日付けの新聞で見る限り、茨城県で行われた選手権大会に参加していたみたいなのですが、全国の朝高ボクシング部が募った寄付金とおかしや色紙等を持ち寄って挨拶に来てくれました。
勿論、その日は卒業式も終え放学中だったのですが、これまたサッカー部の合同合宿として茨城ハッキョで訪れていた数名が、タイミング良く帰って来たので直接挨拶をする事が出来ました。
中には朝鮮新報の内容の通りに、選手権大会で優勝した人もいたらしく、金メダルを首にかけてくれたりと、サービスも盛り沢山でした。
ともあれ、この期間も沢山のトンポたちに支えられてきたウリハッキョです。
「セ ポス」
ウリハッキョに新しいハッキョポスがやってきました。
前回の新バスは15年前。私が中学2年生の頃でした。
「希望(フィマン)25号」と名付けられたバスは、新しいバスとバトンタッチするかのように、学校を旅立って行きました。
見送る私とS会長は、なんとも言えぬ物悲しさを感じましたが…出会いは別れの始まり、別れは新たな出会いの始まりと思うしかありませんでした。
40周年を記念して、「学校創立40周年記念実行委員」の皆さんが、工面した基金(県下を主とした県外からも連なる、色んなトンポ達から成る基金)を元にして今回のバスは用意されました。
ヨンマルロ コマプスミニダ!
いつの世も、「人としての歴史を繋げる事」は、「人としての生命を繋げる事」よりも、遥かに難しい事だと私は常に思います。
「福島ハッキョ」と「ウリ オリニ」たちを、皆の力で育てていきたい。
40周年を記念するという今年度、「それ」を皆で築き、気付かせる絆を、必ず創りあげましょう。
4月8日のブログより
新潟朝鮮初中級学校に、教員ら数名が訪ねて行きました。
その理由は、「5月」,「9月」,「11月」の3回にかけて行われる、合同生活の方針と対策を立てるためです。
詳しい内容は、また後日お知らせしますが、この月間に福島生が2週間ずつ泊まり込みで生活する事は確定です。
昨年度の成果と課題を話し合い、より良い学校運営法を考え導き出しました。
どこもやった事がないことをやるわけだから大変です。
しかし、学生たちの負担にならないよう、今回の合同生活の目標は、子供たちが「次はいつまた合同生活出来るの?」と思うように、楽しい学校生活創りをする事です。
勿論、勉強がおろそかになってもいけませんし、合同生活する根本的な問題の「被ばく避難」という面もあります。
ですが、いずれ来るべき全国的な合同学校の生活方法や方向性を見出すための、モデル学校としての気風をしっかりと立てる事が出来れば、福島と新潟のハッキョだけではなく、全国のウリハッキョの新しい可能性になるのではないか…と言うわけです。
写真はありませんが、教職員一同必死です。
朝鮮人は、逆境にこそ強く、また根強く育つわけです。
福島ウリハッキョブログ
http://blog.goo.ne.jp/chongsongchol