本日はモンダンヨンピルinセッピョル学園後編をお届けいたします。

後編では、栃木県で行われたセッピョル学園の打ち上げの模様をお伝えいたします。

すでにcaffeではお伝えいたしましたが、韓国のモンダンヨンピルの方々がこの打ち上げに参加してどのように感じたのか、どのように伝えたのかがわかる写真と文です。

我々が普通に思い、行動している事も、モンダンヨンピルの方々は「ウリハッキョ」「民族教育」を守ってきた結果だとおっしゃいます。

モンダンヨンピルの方々は本気で、ウリハッキョ、民族教育を韓国の皆様に伝え理解してもらうことに力を入れています。

モンダンヨンピルではどのように打ち上げの様子を伝えたのか、ご覧下さい。

モンダンヨンピル代表団日本訪問記1-セッピョル学園

モンダンヨンピルcaffe
セッピョル学園行事が終了したその日の夕方。私たちは、打ち上げが行われる飲食店に招待されました。同胞様が運営する焼肉レストランでした。事前に来て入場してくる私たちを歓迎してくださったの同胞たち

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南から来たモンダンヨンピルの家族たちと、日本全国から来られた同胞たちが一堂に会しました。どんな話で花がさいているのか、60年余りの歳月を離れて住んでいたが、ぎこちなさもなく、ひたすら楽しい時間です。

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あちこちで乾杯があふれ、杯がぶつかる音が聞こえます。

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クォン・ヘヒョ代表はこの席に招待してくださったことに感謝して祝杯を挙げます。 "乾杯"は日本語であり、"祝杯(チュッペ)"はウリマルと同胞たちは言います。同じ漢字でも、日本式の漢字があり、我々式漢字があるといいます。 ^^

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冷めることのないクォン・ヘヒョ代表の人気!ユン・ジョンチョル校長が撮る写真に情が溢れます。

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栃木朝鮮学校の先生方と一枚! 8人の教員がしっかりウリハッキョを守っています。

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セッピョル学園を主催した"青商会"の方がくれたプレゼント!表面にモンダンヨンピルと刻まれて下さったの湯のみです。

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打ち上げの途中で誕生日を迎えた栃木朝鮮学校の先生のお祝いがありました。二人の子供の母親でもあります。

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打ち上げは、最初からずっと歌だけ聞くと泣いていた女教師は、このように南側の人々の同胞たちが一緒に祝う誕生日パーティーを永遠に記憶するでしょう。横にいらっしゃるご主人も、今日だけは惜しげもなく涙が.... ^^お二人様幸せです。

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また、栃木朝鮮学校の生徒が苦労してくださった父にささげる感謝の手紙や感謝状を贈呈する時間もありました。

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セッピョル学園を成功させるために、昼夜を問わず頑張ったお父さんたち。最後に花束を渡す時に涙が爆発してしまいました。涙多い朝鮮の中年たち。その美しい姿に酒の味が自然旨くなります。

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適度にお酒が入って本格的に歌舞が始まります。元々朝鮮人は歌舞を愛する人なんでしょうか?歌が終わりません。

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まさにこの方!この柔和な(?)表情の主人公がまさにNPOウリハッキョの幹事のヨンフン氏!東京からモンダンヨンピルを一緒にするために駆けて来ました。

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日本の同胞や、韓国の私たちやマッコリのボトルをマイクとみなして歌うのは同じです。 NPO法人ウリハッキョの幹事であらヨンホ氏!

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みんなで肩を組みました。南や北や同胞などと言って分けることなく、肩を組んでいます。肩を組んでみると、我々は一つでした。一緒に歌うアチムイスル(朝の露)とウリエソウォン(我々の願い)。この日だけはただの歌ではありません。切実な叫びであり、願いです。

モンダンヨンピルcaffe
日本の地で一つの血筋の人に会い、一緒に肩を組み手を握って心で交わす会話をして、こうして夜明けまで歌うことができること。そのすべてがまさに"朝鮮学校、ウリハッキョ"を守ってくださったからです。

モンダンヨンピルcaffe
短い時間でしたが、栃木で出会った多くの同胞たち、そして統一と平和の話で過ごした時間たち、その歌、忘れません。再び大きな気持ちで会うでしょう。やはり私たちは一つです。



このようにセッピョル学園の夜は過ぎていました。
初めて会った顔が全然不自然ではなかったという経験。いつも一緒にいた人のように暖かい情を感じました。やはり我々は、一つの血筋という実感が半世紀の間、守ってこられた言葉で、手振りで、ジェスチャーで、溶けていました。一緒に見た夢が間違っていないことを確認した希望の席でした。同胞の皆さんに感謝します。


次の日、モンダンヨンピルの家族たちは、栃木県を後にして東京に向かいました。
韓国と日本、同胞たちと協力して作成した東京2初級学校(枝川朝鮮学校)の新校舎を見学し、高校無償化要求のための市民連絡会の方々との連帯の場に出席するためです。
その話は次の機会に....
期待してください。 ^^

URL
http://www.mongdang.org/191