先日、第3回目の「人を育てる講座」に出席しました。
いつもいつも思うのが、本当に学びが多くて奥深い世界なのに、今ここの人生にどんどん活かしていける。
圧巻です!本当に受講して良かったと思っているし、終わってしまう事が本当に寂しい・・・。
今回は私は設定変更とは全く違うコミュニティで学ぶわけだから
日常的に出てくる言葉も違えばその奥にある言葉の意味みたいなものも違います。
だから正直、講座1回リアルタイムで聞いてもチンプンカンプンなんです。
動画配信がないと生きて行けない世界で、3時間の講座を何度も聞いて復習します。
もちろんおススメされた書籍は読むし、そのうちの一つであった「ザ・メンタルモデル」は皆さんにもシェアしたし、
自分でもかなり読み込んで講座に挑みました。
お金掛けて参加しているからというのもあるけれど、人生掛けてますからね!
いつもいつも、自分で参加を決めた講座に対してはこの熱量で挑んでいます。
自分がおかしいのかな?とも思ったんですが、
だけどそれはHSPという私の素材を知ることで分かったんです。
特に私は「洞察系HSP」だから、深く深く物事を本質から理解したいタイプで、ぶっちゃけ言うと
人はそこまで求めてないよ
ということなんです。
もちろん、洞察系HSPの人が居れば話しは合うのかもしれないけれど。
だから昔は、みんなが当たり前のように自分と同じ熱量、レベルで学びたいと思っていて、学んでいると思っていた。
だけどどうやら私は特殊なようで・笑
周りにそこまでの熱量がないと知ると、自分の熱量もしぼんでしまう事が多かったんです。
ちゃんとやっている自分がバカらしくなる瞬間というのが訪れるんですね。
ただ、このままだと「私の学び、周り次第」になってしまうことにある時気付いた。
自分がどういうレベルで学ぶか?が自由なように、
周りがどういうレベルで学ぶか?も自由だ。
だったら私はどうしたい?私は講師の人が話す内容を深く深く理解したいと思うし、
私自身の欲求に素直に応えていきたい。
嗚呼なんだ、私結局このままでいいんじゃんか・笑
私がこのままで良かったら、周りの人もこのままでいいじゃんか。
私が望む世界は、誰も責めない、誰にも責められない、優しい世界なんだから、
私からそれを今ここで現実創造すればいいだけなんだな。
とっても簡単でした。
学びを続けるって、周りの環境がすごく大事だと思います。
講座にせよ、オンラインサロンにせよ、日常の中で学びに触れられる機会はほんの一瞬でしかない。
学びとは関係ないと思えるような時間の方が、人生は長いんです。
だからこそ、日常の中でどれだけ気付きを得られるか?が学ぶ上ではすごく大切になってくる。
やろうと思えばいくらだってやれるし、手を抜けばいくらだって抜ける。
もちろん日常生活とのバランスは大事だけど、特に期限が決まっていないオンラインサロンでは、主体性も大切になってきます。
刺激もどんどん少なくなるしね!
だから、学びや情報に「新しいもの、刺激的なもの」という設定をくっつけていると、学び続けられなくなります。
本質的なことって、新しくもないし、刺激もないから。
自分のペース、自分のやりたいことを貫くって結構勇気が要ります。
みんなに流された方が楽な時もあるけれどね。
私はいつでも全力少年で全力疾走したいと思います。