「ディズニーランドは永遠に完成しない」とあの偉大なウォルト・ディズニーは言った。
その言葉はきちんと後世に受け継がれ、今でも、ゆるがない一大企業としてこの世に君臨し、世界中に熱烈なファンを持ち続けている。
昨今、SNSなどの普及と共に、良くも悪くもディズニー関連の様々なニュースをよく耳にするが、それについて、私なりに感じる事が多く、ついにディズニーについて書いてみたくなった。
ついに…というのは、私は実は隠れディズニーオタクなのである
ちなみに隠れというのは、隠しているつもりだからだ。
あえて…『隠れディズニーヲタ』
ディズニーについて書くとなると、様々な事を書きたくなるが、まずは私のこの『隠れディズニーオタク』の輝かしく?!も情けない歴史に焦点をあてたい
小学生の頃からだから、私は、かれこれ35年程、隠れディズニーオタクをやっている。
私の母はディズニーを毛嫌いしており、私がディズニーにハマりだした小学生の頃から、私がいわゆる、オタ活のような事をすると、必ずグチをこぼされたり、強く何度も叱られていた。
そんな背景があってか、無くてか分からないが、私は、他人に自分がディズニーが好きだと思われないように振る舞う癖がついたのだ。
年パスを持ったこともない、ヲタ。アニメーターを目指す
しかし、自分ではオタと申しているが、今まで一度もディズニーランドの年間パスポートを持った事もない。
本当のディズニーファンの方々に『それじゃあ、ヲタとは言えないよ!』と爪弾きされ、ジミニークリケットのように自分が、宙に投げ出される姿が目に浮かぶが、私は生粋のヲタであると自覚している。
私は幼い頃からの成長過程でディズニーが好きであるということを頭ごなしに母に否定され、ウォルトディズニーがどれほど悪名高き人物であるかなどを聞かされ続けながら少女時代を過ごした。そんな中で
『どうしたら、ディズニーが嫌いな良い子になれるのだろう』
『どうしたら、自分がディズニーが好きだと皆に自信を持って言ってもいいのだろう…』
と小学生の私はつらつら考えた結果…
「アニメのアニメーターになり、将来仕事にしてしまえばいいのだ!」と安易に勢い力み、美術教室に通わせてもらった。
その間は、毎晩のように自宅で一人石膏デッサンにも勤しんだが、私は肝心な事を知らなかった…。
私は恐ろしく絵が下手だったのだ。
そして、とにかく絵を描く事に集中する事ができなかった。
この事実は、流石に避ける事ができず美術教室で講師に『あの子、目が見えてないのかしら』と陰口を叩かれ笑われていたのを機に、筆を投げる事となってしまった。
ヲタの洗礼をうける?!
中学生になった頃、同じクラスにとうとうディズニーヲタをなのる人物が現れた。彼女は私が持っていた何かのディズニーのグッズに気づき、話かけてくるようになった。
しかし彼女は『ディズニーランドには、月に何度行くの??」などと当時の私にはレベルの高い質問ばかりをするようになり、私が一年に一回いける程度だと分かると今でいう、マウントをとってくるようになった。
見えない大きな力を感じ、私は思った。
私のようなレベルではディズニーが好きと言ってはいけないのだ。
彼女がクラスの中で、ディズニーランドに行った自慢話をするとき、彼女は必ず横目で私を見ながらあざ笑うような表情をした。
今となっては、こちらが笑いだしてしまうような話だが、思春期の私の感受性はピグレット並であった。
この時、私はオタ活というものが自分には出来ない事がわかった。
中学生だったため、お小遣いでディズニーランドに行く事は無理だったし、そもそも家に帰れば、母にディズニーにはまり込んでいる姿を見せる事は許されない。よって、ディズニーの絵柄のついた商品を欲しがるのも、顔色を伺わなければ、口にしてはいけない。
結果、隠れて自分なりにディズニーを愛するようになった。
自分なりの…自分の一番心地いいオタ活
今思えば私のような性分には、その方があっていたのだと思う。
誰かと比べたり、誰かに合わせる事が、病的に下手くそな私には、趣味にも自分のペースがあってこその趣味だからだ。
可愛いグッズが売り出されて、それが欲しくとも、私は並びにいくこともないし、年間でディズニーに行く回数もココ数年ゼロを更新中だ。
もちろん行きたい気持ちはあるが、様々な事情があるし、その事情を超えて、無理してまでは行きたいとは思わない。
でも、親元にいる頃、買えなかったディズニーファンを毎月隅々まで購読し、新作ディズニーグッズを時々、ネットでチェックし、ディズニープラスを見る日々は間違いない。
そんな『自称隠れディズニーオタクが考えるディズニー』について考えた事を以後いくつか書いていきたい。