どれほどの長い間このブログを放置したのだろう?



ブログを書き始めてから、わずか半年ももたずブログを投げ出した自分を情けないことに『私らしいなぁ…』と思いつつ歳月を過ごした。
『なぜ続かなかったのか??』
それは、苦しくなったからだ。
私がブログで書きたかった事は、【ラテン音楽と韓国POPSに通じるものは何か】という漠然と私が感じ続けている事を自分なりにまとめたり、考えたりしたかったからだ。
しかし始めてみると、ラテン音楽と韓国POPSの歌詞翻訳ブログのようになってしまい、私は一体何が書きたかったのか、全く分からなくなってしまった上に、歌詞の翻訳をすることの難しさに直面する事となった。歌詞の翻訳は、言語の壁という単純な問題もあるが、何より難しいのは、元の歌詞を、日本語に訳す際『果たして、この日本語表現にしてしまっていいのだろうか?』という点だった。

音楽活動をしていた際は自分が歌詞を理解するためだけなので、さほど気にする事はないのだが、ブログは不特定多数の方に見ていただく可能性もある。それを考え出すと、情けない私はブログを書く意味が見い出せなくなってしまった。もっとシンプルに言うと、自信がもてないのだ。


それならば所詮、誰かに頼まれたものでもないし、ファンの方に囲まれるインフルエンサーでもないのだから、気軽に諦めればいいものなのに、喉元に引っかかる魚の骨のように、簡単に「まぁ いっかぁ」となれない自分がいた。

そんな自分を馬鹿馬鹿しいと思いながらも、本来ブログというものはなんなのか?を改めて考えてみたくなった。

それから、気の向くままに様々な方々のブログを拝見させていただくようになり、ある疑問が浮かんできた。

今まで私は誰のために何を気取っていたのだ?もしかして心のどこかで、誰かがこのブログにファンの方でもつくとでも思っていたのか?

あわや川端康成にでもなったつもりだったのだろうか?


いやはや、情けない…重ね重ね情けない…

音楽活動をしていた頃に、自分が創作活動をしても、何も産み出せない、簡単に言えば、その類に才能がない事には、心身ともに思い知らされたではないか??

ブログという言葉は本来、自由に日記や評論、覚え書きをする、簡単なホームページを指す。

それならば、もっと肩肘張らず書いてもいいではないか?

要は、自分の部屋で自分の歌いたい歌を歌う一人カラオケでいいじゃないか!がはは。

なんだかとても気が楽になった。

これから、この私の部屋で好きな歌を好きなように歌おうと思う。

なぁに、ラテンに縛られる必要も、スペイン語、韓国語に縛られることもない。

ヒトカラなら、今日はロック、明日がファンクでもいいじゃないか。

というわけで、このブログ大きく変わります(笑)