「沙耶さん。 沙耶さん。」 耳元で 柔らかい声が聞こえる。
「僕のベッド 占領しないでください。」 ベッド? ここは私の部屋なはずだけど。
初秋。 風が冷たく なめらかなシーツを冷やす。 ゆるりと目を開ける 白い部屋。 私の部屋じゃない。
自分のより幾分か大きいベッド。 シルクだろうか、艶やかに波打つ。
目の覚めきれない 私に、 声の主が 問う。
「会えましたね。 四年ぶりです。 きっかりと言うわけではないですが。」
見上げると、 そこには 聖也が居た。 その瞬間 即座に 夢の中だと確信する。
夢だけど、現実の夢。 聖也の夢の中。
私は、20歳 聖也は、16歳。 四年前の私を辿る。
良かった。 彼は生きていた。 忘れもしない。 あのうだる様な暑い日の夜の夢。
彼の夢こそが、聖哉の生きている証。
「きっかり?」 ええ と、言葉を切り、ベッドの端に腰を下ろす。 か細い身体。身長は伸びて 私を越している。 きちんと育ったね。 まるで 弟を見るように 顔に笑みが浮かぶ。
「四年前は 夏に会ったでしょう? 今は、沙耶さんの誕生日を過ぎて、もう9月の終わりです。」
静まり返った庭は、 緑が陰り、葉を散らし、枝枝が現れ、秋を迎えようとしている。
木陰を作っていた ミモザの鬱蒼さもない。
「でも 僕は 嬉しいんです。 僕がひと月以上も余分に生かされ、また 会えたこと。」
もともと 大人びた話し方だったが、年を重ね、穏やかさを増す。 表情もアンニュイで、綺麗な顔立ちに切なさを映す。
「元気。。。。そうではないけれど、 良かった。 あ、ごめんね ベッド。」 いいんですよ。と、大きく開いた掃きだし窓を閉める。 風が冷たくなってきた。 夜が近い。 陽の光も、弱弱しく、緑色に閃光する。
「沙耶さんは、大人になりましたね。 あの頃は高校生。僕も あなたの年になり、沙耶さんの言う、今しか出来ない時を味わうために、いろんなことをしてみました。 限られていますが、充実していました。」
この四年間、聖也は 色んな経験を積んだのだろう。 先の解る未来だとしても。
私も、時間ある限り、自分のこと、大学に進学したこと。 恋をしたこと。 時計のない、この部屋で、時間を気にしながら、旧友との短い再会を惜しむように。
「爺やは 元気?」 ホットレモンが壁際のテーブルに置かれ 湯気が立っている。
「爺やは、 昨年亡くなったんです。 僕の命と引き換えに。」 どういうこと? 聞いてもいいの? 聞きあぐねていると、ゆっくりと 聖哉は、話し出す。
「この夢を渡る、沙耶さんだったら きっと理解してくれるかもしれない。 爺やは、僕に自分の残りの命をくれたんだ。 能力なんだ。爺やの家系のね。」 彼の瞳は、暗く沈んでいたが、悲しみは癒えたのか、表情は変わらない。 それが、悲しくも見える。
「僕が 淹れたんだよ。 今じゃ 全部 僕の仕事さ。 爺やに感謝している。僕が生きていく上で必要なこと、一通り教えてくれたんだ。」 いつの間にか 話し方が以前の 聖哉に戻っていた。 無理をしてしゃべっていたのだろうか。
「そうだったのね。 爺やは 本当にあなたを大切に想ってくれたのね。その分 あなたは、楽しく生きなきゃね。」
生きる という 言葉を 何度も繰り返す。 生きよう なんて言葉を言うのは そう簡単なものじゃない。
ここに来ると、 聖也の為に たくさんたくさん その尊い言葉を言ってあげたい。
「少しずつ 変わってきてる気がするんだ。 終わりの時は避けられないけど、僕が、考え方を改め、爺やや沙耶さんが、僕の為に、危険を冒してくれた。 その強い想いで 僕は まだ 生かされている。」
陽が山の端まで落ち、赤紫の空が、ぼんやりと広がる。 涙が頬を伝う。 手の甲で拭う。
どうして 私は、ここにいるんだろう? 派調があったから? 到底 説明しえない謎。 四年毎の夢の中の出会い。 聖也の姿を見て 一時 安堵する。
聖哉の言うとおり、変わっていけばいい。 八年間 一度だって、聖也を想わないことはなかった。
毎日、同じ時間を過しているのか。 夜が長く続くのか。 真っ暗闇で一人眠るのか。 彼は、きちんと目覚めているのか。 気の遠くなるほど 長い幕間の 悲劇を見ているように。
私は、私で、時を駆ける。 もし夢を見なくなったら? そう考えると居ても経っても居られなくなる。
同じ時を過せれば、 聖也をそばで見守られるのに。
「ねえ、聖也 私の時を あなたに上げることが出来ないかしら。」 聖哉は、表情を変えない。 私は、畳み掛ける。
「たった四年でも。 あなたが 長く 留まれるのであれば。 私 惜しくないよ。」 爺やのような能力があれば。 心から そうしたいと思う。
「優しいですね。 沙耶さんは、 でも、無理ですよ。 僕はすでに受け入れてますから。 そして散るときは一瞬です。 今のこの楽しくて愛おしい時間を全部連れて行けるのです。 幸せに決まってます。」
だから・・・・・ 二度と言いっこなしですよ。と微笑む。
金色の光が散るように 儚くも、美しく 行ってしまうのだろうか。
手を振りかざさずとも、身じろぎ1つで、燦と消える。
不謹慎にも その散る様を 想像し、陶酔感を覚える。
心も清く 誠実な 聖哉だったら きっと そんな風に 神様が 召し上げてくれるのだろうな。
「私も、 あなたに会えて幸せよ。 いっぱい 話そう。 いっぱい 笑おう。」
漆黒の闇が、窓まで落ちる。 正反対の明るい部屋が、ぼんやりと、庭に映る。
まだ 朝まではたっぷり時間はある。 聖哉が疲れて眠っても、そばに居よう。
「沙耶さん、少し疲れました。 横になって話してもいいですか?」 もちろんよ。 枕を直し、軽く 布団をかける。 布団の重みで、折れてしまったかのように、細い身体。 目を閉じると、大きく 一息を吐く。
長い睫が、 二、三度 震え。 完全に目を閉じる。
「聖也?」
返事は返ってこない。 眠ってしまったのかな? と同時に 心が揺らぐ。
「聖也?」 声が震える。 言葉になっているのか?
聖也の 唇が動く。
飛び起きて、あまりの速さに働く心臓を押さえる。
目覚め。 待ち焦がれた 夢は 終わっていた。
【時間ですよ】
聖也の唇は そう言っていた。
目覚めの時間。 彼は、眠っただけだよね。 誰に問うこともできず。 宙に目を泳がせる。
また 四年待つの? どうして 四年なの? 私と聖也の間には 何が関係しているの?
朝の光が、カーテン越しに キラキラと細く床を突く。
夜闇の世界から、一気に朝へと引き戻される。 軽く酔っ払っているような感覚に襲われる。
死の世界から、まだ生きよと 押し返されたような。
聖也は 狭間に居るとでもいうのだろうか。 自分の考えが 全て合っている様で恐ろしい。
どうか 四年も待たずに 会いに行きたい。
強く念じれば、できるだろうか。
あの部屋で 一人待つ彼の姿が 思い浮かぶ。
辛い。 辛さとはこんなにも痛く、烈しいものなのか。
どうか、生きて。 最期の時は 一緒に居てあげたい。 変わらない運命ならば、その最期を感じてあげたい。
辛くとも 待とう。
精一杯 生きよう。 聖也に負けないように。
ハート型の 桂の葉が、秋風に揺れる。 あの夢の中の夕方の赤紫の色を映して 秋を迎える準備をしているかのように。
生きて。 何度でも言うよ。 あなたへの尊き言葉。 何度でも。