「真妃さぁん、俺さあ、夢があるんですよ。
」
まきさんは、窓枠に腰かけて、満月を一つ過ぎた更待月を目を細めてたばこを咥える。
下弦の月が終わるまで月の光は鈍く、灰色を落とし続ける。まるで俺にまだ消えなくていいよって言ってるみたいに降り続くんだ。
「夢は幾つあってもいい.....で? 小戸时、、、お前の夢って?」

あの夜、ことじは声を弾ませて、その夢を語った。
夏の太陽が、ジリジリと照りつける浜辺でセックスがしたいと。俺の上に跨って、思いっきり突き動かされたいと。
ホットサマーとセックス•オン・ザ・ビーチ。
両方が叶えたいんだと。
汗かいて、精子ぶっ飛ばしたいんだと。
「俺の汁で濡れてんのか、まきさんの汗でぐっしょりなのかこの際解らないでも 相仕る。」
馬鹿か、江戸時代 晒し首でオーディエンス煽られたって 見物は勘弁だぜ。
「夜中のビーチで、ヤレばいいんじゃねえの?」
チガウチガウと。
ことじは、大げさに頭を振って、否定する。
「太陽と汗が青春なんじゃん。」
どんなブルーフィルム描いてるのか知らんが、こいつの憧れってことは解ったつもり。
だけどまあ 屋外じゃ無理。
だからやりてえんだよな。殊更な。
風が強い、雲が月を隠す。もともとうっすらだった輪郭は灰色と群青で消える。
寝煙草は禁止だと約束したが、仰向けの俺達は紫煙を立ち昇らせる。
「夜寝て 朝目覚める。」
「コーヒーが美味しい、食パンが焦げ焦げ」
「当たり前が嬉しいって 俺はぁ思うんだよ。まきさん。」
「俺もそうだよ。ことじ。」
「話は尽きねえが、ワークハーダーでトライハーダーな俺の時間が待ってるんだ。」
一番感じやすいのが、セックスなんだよねえと起き上がり、スラックスに足を通す。
一着きりのスーツとタイは、漆黒よりも濃密な黒。
咥えたばこの灰を落とさぬように、シャツを着て、ジャケットを羽織る。
フワフワ くるくるのくせっ毛をくしゃくしゃと掻いて タイを首に巻いて、ベッドに腰を下ろす。
「ん。」タイを締めてと顎を上げる。
半身を起こして、結んであげる。
灰皿に押し付けて、俺の唇の端に口づける。
「じゃあ 行ってくる。大都会東京に。」
なんだよ それ。 三鷹から都心へってことかよ。
「ことじ、、、、お前の夢だけどな、叶えられたらどうなんの?」
「えー? 嬉しくて今度こそ天に昇れるんじゃない?」
なんだよ。今度こそって。 俺が世間一般的に認められる存在になれるくらいって事か?
なかなかに難しいということか?
俺がこいつに誇れる事は何もない。
ことじは聞かない。だから俺も聞かない。
俺は血筋。家業が百歩譲っても、善良なものじゃない。
たとえ、俺自身が嫌だと泣き喚いても。
実際無駄だった。幼い時分に、一人迷子装って、家出した時だって、家総出で探された。
逃げ場はないと悟ったよ。
死ぬまでな。
「戻れよ。朝1コマあるんだからな。」
「始発ってやつに乗れたら帰る。 あ、そうだ真妃さん.....」
背中を丸めた姿で靴を履く小戸时は、まるで痩せ細った黒猫のよう。
暗く狭い玄関土間で気配は薄い。
俺は、ベッドの端に座ったまま、ことじの継ぎの言葉を待つ。
待つ。
待てない。 俺は一人で寝たくない。
細い背中をつつみ込んで 耳元で言った。
行くな。ことじ。
声が掠れて、ことじの耳には届かない。
間が空いて、ことじは なあにと軽く笑う。
「一限でしょう?PNI。 朝からえげつない講義なもんだ。」
ゆっくりと俺の腕からすり抜けて、ニッコリと微笑みことじは言う。
「俺の1つ目の夢はもう叶ったんだ。」
しゃがみ込んで仰け反って、から笑う。
「ビーチでセックスは2つ目かよ。 で、何が叶った?」
不幸せな俺を穴埋めしてくれたこいつにだけは善良でいたい。
整合性は取りづらい、
夜も昼も曖昧な学生時分な俺達は、
不条理にも逆らえない運命であっても、
こいつといる時は、ただの人間でいたい。
こいつが、薄く消えてしまいそうなら、強く抱きしめて離さなきゃいい。
ジャケットのボタンを止めて、フワフワ髪をワサワサと振って、笑顔を向ける。
.....な、、、、、可愛いんだよ。俺の男は、、、、、
どれだけ、恋焦がれても、真に手に入れられなくても、、、、、
何が叶ったって? 教えてよ......
「まきさんに、おかえり、ただいまが言えること。」
終。