今日は、梅雨空の合間の晴天に恵まれたので、大田区の洗足池に昨年オープンした大田区立勝海舟記念館に行ってきました。
洗足池は勝海舟の別邸があったところで、ご夫妻の墓標も洗足池畔にあることから、何度か訪れたことはあるのですが、コロナ禍のなか、ようやく勝海舟記念館に行くことができました。
勝海舟別邸があった場所は、現在、区立中学校になっています。


勝海舟別邸の先に区立勝海舟記念館はあります。
記念館は、勝海舟に関する図書を収集保存、公開することを目的に昭和8年に建てられた清明文庫を改修、増築した建物です。
清明文庫自体が国登録有形文化財ですから、とても貴重な建物です。ご覧の通り、正面中央部のネオゴシックスタイルの柱型4本が特徴的で、内部にもアールデコ調の造作が施されています。


入場料は、一般300円。毎週月曜日が休館です。
記念館は2階建てで、1階が展示コーナー、2階は講堂になっていて、講堂では勝海舟に関する映像が流されています。講堂の隣に勝海舟の胸像が置かれた部屋があります。ここは、当時、貴賓室として使用されていました。


勝海舟に関する映像はどれも、勝海舟が活躍した幕末期のもので、特に江戸無血開城をめぐり西郷隆盛と談判する場面は何回見ても、良いものですね。
いずれも10分程度なので、映像を見てから1階の展示コーナーに行くのがオススメです。
座席はしっかり、ソーシャルディスタンスでした。


床は美しい寄木張り、南階段室の手すりには飾りが施され、様々な建築様式が取り入れられています。
1階には、勝海舟が幕府に海防意見書を提出したところから、慶喜公の命を受け、江戸無血開城に至るまでを展示や大型モニターで知ることができます。残念ながら写真撮影はできません。


勝海舟記念館から50メートルほどのところに勝海舟夫妻の墓所があります。
明治32年1月19日に死去されました。77歳でした。
妻の民子さんの墓は、後に青山墓地から移設されています。
墓所の周りには紫陽花が咲いていました。


勝海舟夫妻の墓所に隣接して、南洲留魂詩碑が建立されています。


西郷隆盛を悼み、明治12年、南葛飾郡木下川に勝海舟が建立した石碑です。 
荒川放水路の建設に伴い、大正2年に洗足池の勝海舟別邸の敷地内に移設されました。


南洲留魂詩碑の隣には、留魂祠があります。明治16年の西郷隆盛の7回忌に勝海舟から同志たちに南洲留魂詩碑の存在が明らかにされ、彼らは碑の傍らに小さな祠を建て、西郷隆盛の魂を祀ったのです。


近くに勝海舟の墓所などの案内板があります。
今回は紹介できませんが、洗足池には、バードウオッチングのマニアが集う渡鳥の居場所やホタルの里があり、今も自然が濃く残されています。
是非、足を運んでみてください。


勝海舟が洗足池の畔に別邸や墓所を建てたのにはきっかけがありました。
勝海舟が西郷隆盛と薩摩藩邸において2度の江戸無血開城に向けての話合いをした後、慶喜公の処遇について最後に話合うために西郷隆盛が陣を構えていた池上本門寺で会見をしていました。
その際に、立ち寄った洗足池の美しさに魅せられたことからのようです。

池上本門寺の庭には、会見の碑が建てられています。この碑は、昭和16年に西郷隆盛の甥にあたる西郷従徳の揮毫により建てられました。


池上本門寺の総門近くに建つ理境院は、西郷隆盛の宿舎に当てられていたお寺です。


梅雨明けの前の晴れ間を利用した散歩でした。