吉村昭の「夜明けの雷鳴」と徳川昭武

 

吉村昭の小説「夜明けの雷鳴」に登場する15代将軍徳川慶喜の弟・昭武の邸宅「戸定邸」に行ってきました。

 

小説は、慶応2年(1866)、フランスから招かれたパリ万国博覧会に将軍徳川慶喜の名代として派遣された弟・徳川昭武と、随行員として行動を共にした渋沢栄一や将軍の奥詰医師・高松凌雲らの数奇な運命を題材にしています。

 

ストーリーは、徳川昭武一行がフランスに渡航している間に、予期せぬ徳川幕府の瓦解という事態に遭遇し、急遽、帰国させられることになった高松凌雲らの数奇な運命を通して、箱館戦争終結に至るまでの旧幕臣の生きざまを壮絶に描いたものです。

 

今回は、将軍徳川慶喜の名代としてフランスに派遣され、留学中に徳川幕府瓦解となった弟・徳川昭武に焦点を当て、その後の人生と終の住処となった戸定邸をご案内します。

 

徳川昭武の戸定邸は、常磐線「松戸駅」から徒歩10分ほどにある高台に位置しています。駐車場も広いので車での来訪も便利です。

 

徳川昭武の戸定邸は、明治以降の近代徳川家の住まいと庭園が一般公開されている唯一の場所となっています。

鎌倉の古刹を思わせるような石段を上がると、戸定邸の茅葺門が見えてきます。

 

水戸藩最後の藩主でもある徳川昭武の私邸「戸定邸」は、7ヘクタールにおよぶ広大な敷地でした。

現在は、その3分の1に当たる2.3ヘクタールが戸定ヶ丘歴史公園として松戸市により整備公開され、その一角に戸定歴史館が併設されています。

 

戸定歴史館

まずは、戸定邸に隣接する戸定歴史館に入ります。

戸定歴史館には、徳川昭武が将軍の名代として派遣された1867年のパリ万国博覧会に関する資料や幕末から明治にかけての古写真、戸定邸の歴史を語る文書や調度品、慶喜が亡くなるまで手元にあった遺品などが展示されています。

 

最近まで戸定歴史館も新型コロナウイルスの影響で休館されていましたが、6月2日から再開しています。

他の施設も同様ですが、戸定歴史館の受付でも検温と体調チェックの記入が求められます。また、マスクの着用は必須ですね。

 

戸定邸

戸定歴史館の向かいに、徳川昭武の私邸「戸定邸」があります。

履物を脱ぎ、受付へ。戸定歴史館と戸定邸見学の共通入場券を買うと一般、370円のところ320円とお得です。

 

戸定邸庭園は、2015年3月に国の名勝に指定されています。

また、戸定邸は、明治前期の上流住宅の指標となるとされ歴史的価値が高く評価され、国の重要文化財に指定されています。

 

玄関に入ると住宅に囲われた中庭が見えます。

徳川家が権力の座から離れたため、生活様式が大きく変化して、規模は縮小し、最上級の杉材をふんだんに使う一方で装飾を最小限に留めた空間となっています。

 

廊下は狭く、すれ違うことさえできないほど。建物は、純和風木造平屋建で一部二階建の構造で、増築を重ね、9棟が廊下で結ばれ、部屋数は23を数えます。

 

客間は華美な装飾が意識的に排除されています。当時、大正天皇や徳川慶喜もこの部屋を利用されていたそうです。

 

湯殿は初期の頃は木製でしたが、昭和初期になってタイル張りになったようです。エメラルドグリーンのタイルはイタリア製です。

 

不思議な設えだったので、写真に収めました。用途を見ると洗面台ということでした。正座をして顔を洗っていたということでしょうか。

 

目の前に庭園が広がる表座敷は64枚の畳が使用されています。

 

表座敷から見た庭園。残念ながら、庭園に下りることはできないようです。

 

この写真は、明治31年5月8日に徳川慶喜が撮ったものです。(お借りしました)

古写真

 

戸定邸庭園を散策

戸定邸庭園を散策します。眩しいばかりの夏紅葉は新緑の緑の中で引き立ちます。

 

紫陽花もそろそろ見頃を迎えていますね。

 

戸定邸の南と西には芝生の庭が広がっています。洋風技法による芝生面は我が国現存最古で、樹木の木立を主要景観に取り入れる手法は類例がないと言われています。

徳川昭武はフランスをはじめヨーロッパを歴訪していたので、当時の西洋の庭園造りの技法を再現したのかも知れません。

 

一面の芝生とは対照的に、木立の根元に広がる苔が何とも美しい景観を作っています。

 

徳川昭武は水戸藩主・斉昭の18男。7男の将軍慶喜は、13歳の昭武を将軍家に迎え、将軍候補の身分を与えて、1867年にパリ万国博覧会へ将軍名代として派遣しました。

フランスとの連携で幕府の窮地を打開するためでした。明治維新により帰国後、最後の水戸藩主となりましたが、既に幕府は存在しませんでした。

 

昭武は29歳で隠居の身となり、華やかさを求めず、建物や庭園、趣味の写真などの文化財を残したとされています。再び、昭武が慶喜と再開したのは、15年後のことだったそうです。

 

表座敷から見た西南の方向です。

正面には江戸川が流れ、空気が澄んだ日には富士山が望めます。

左奥には東京スカイツリー、真下には常磐線の列車が見えています。

 

吉村昭の歴史小説「夜明けの雷鳴」の主人公・高松凌雲は、徳川昭武より一足先に帰国します。

幕府という居場所を失った旧幕臣・高松凌雲は、壮絶な箱館戦争に身を投げ、その後、数奇な生涯を送ることになります。

この話を始めると長くなるので、別の機会にブログにすることにします。