川崎郷土・市民劇は、文字通り、川崎の歴史に登場する人物に焦点を当て、2年ごとに上演しているもので、プロの演劇人の中に公募で選ばれた市民が参加して、創り上げている演劇なんてす。第6回目となる今回は、今年で90周年を迎える南武線の誕生秘話がモチーフとなっています。
イメージ 1

川崎の大動脈とも言われる南武線は昭和2年(1927年)に「南武鉄道」として開通しました。誰が思いつき、誰がどのようにして実現させたのか、その歴史は川崎市民にもあまり知られていません。この舞台は、南武線誕生という壮大な夢を夢見続けた2人の男の物語なのです。
イメージ 2

その2人とは、一人が、慶応二年(1866年)、川崎の上平間村で代々続く名主の家に生まれ、村会議員や橘樹郡会議員をつとめ、「アミガサ事件」や多摩川の築堤運動のリーダーとして活躍し、南武鉄道株式会社の発起人となる「秋元喜四郎」
もう一人は、嘉永元年(1848年)、富山県に生まれ、事業に失敗し富山から夜逃げ同然に上京して、竹の皮やコークスの再利用で富を得て、「セメント事業」で成功をおさめ、炭坑、造船、電力など次々と事業を拡大し、1代で浅野財閥を築いた「浅野総一郎」です。中でも、東京湾を埋め立て、「京浜工業地帯」を築いたことは有名です。このブログでも「JR鶴見線の旅」の中で度々ご紹介させていただいたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。この全く相容れないお二人が物語の主人公となっていました。
イメージ 3
上の写真は、川崎郷土・市民劇「南武線誕生物語」の開催に合わせて企画されたシンポジウム「南武線誕生秘話」〜夢見る男たちのロマンを語る〜です。
中央にいる二人の女性が主人公の子孫の方です。右側の女性が秋元喜四郎さんのお孫さん、そして左側の女性が浅野総一郎さんの曾孫さんに当たる方です。
シンポジウムでは、二人のご子孫から「お祖父さんたちがどんな方だったのか」、「もし、語りかけることができるとしたら、どんな言葉をかけたいか」など興味深いお話しを聞くことができました。

川崎郷土・市民劇「南武線誕生物語」は市内の劇場で5回開催され、毎回満員御礼でした。私は、5 月19日に観に行きました。演劇人の中に知り合いが2人いたので、前から2列目でかぶりついて観ていました。何しろ、主人公のお二人とも壮大な夢を観続けた方ですから、物語自身も壮大そのものでした。
イメージ 4
次回、このお二人にスポットを当て、物語に描かれた秘話をご紹介していきたいと思います。