新田義貞ゆかりの寺「九品寺」を後に、北条政子ゆかりの寺「安養院」をお参りしました。「安養院」は、政子の法名からきています。また、安養院はツツジの寺としても有名です。この写真は2週間ほど前のものです。三分咲きというところでしょうか。
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尼将軍と称される北条政子が、夫である源頼朝の冥福を祈るため、鎌倉の佐々目ガ谷(現在の鎌倉文学館の辺り)に建立した「祇園山長楽寺」が前身であると伝えられています。しかし、長楽寺は1333年(元弘3年)の幕府滅亡とともに焼け落ちてしまったため、鎌倉時代末期に善導寺の跡(現在地)に移して安養院になったといわれています。
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その後、1680年(延宝8年)に寺は再び全焼します。源頼朝に仕えていた田代信綱がかつて建立した「田代寺」の観音堂をこの地に移します。こうして「祇園山安養院田代寺」になりました。少し複雑な経緯ですね。
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山号は「祇園山」。拝観料100円を志納します。
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本堂には、本尊阿弥陀如来像と、田代寺から持ってきた千手観音像(田代観音)、また、教科書で見たことがある北条政子像が安置されています。
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北条政子がこの観音像に祈願したことで、頼朝と結ばれたり、天下がとれたことから、良縁観音・昇竜観音とも呼ばれているそうです。
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今、ちょうどアオムラサキツツジが寺を覆い尽くすように咲いている頃です。
安養院の墓地には、あの映画監督の「黒澤明氏」が眠ります。
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本堂の横に植えられている樹齢700年を超える槇(まき)の古木。鎌倉市の天然記念物に指定されています。
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本堂の裏手には、ツツジに囲まれた大小二つの石塔があります。国の重要文化財に指定されています。
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この安養院宝篋印塔は、浄土宗名越派開祖尊観上人の墓と伝えられるもので、関東様式の宝篋印塔の典型とされ、鎌倉に現存する最も古い石塔です。徳治3年(1308年)と記されています。
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左側の小さな宝篋印塔は、安養院開基の北条政子の墓と伝えられています。「安養院殿如実妙観大禅定尼 嘉禄元年7月30日」銘
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新田義貞ゆかりの「九品寺」から、ツツジの寺「安養院」までのルートマップです。