江ノ島から鎌倉に向かう途中の腰越で、源義経ゆかりの寺「満福寺」をお参りしました。満福寺の門前には、江ノ電が走っています。



本堂の欄間には、義経と弁慶が腰越状を書いている様が彫られています。

義経は、一の谷、屋島、壇ノ浦で平家を破り、平家を滅亡させる手柄を立てますが、兄の頼朝の許可を得ずに後白河法皇から検非違使を命じられるなどをしたため、頼朝の怒りをかってしまいます。平家の捕虜を伴い、兄に面会するため鎌倉に入ろうとしたのですが、許されず、この腰越の「満福寺」で逗留し、許しを請うために手紙を書いたのです。それが「腰越状」です。しかし、空しいことに、鎌倉の門は開かれませんでした。



本堂には、ゆかりの品々が展示されていて見学することができます。(見学料 200円)
腰越状の書状がガラスケースに保存されています。書状には、「兄の心がどう変わろうとも、兄に服従する気持ちは絶対に変わりません」と切々に訴える内容となっているそうです。







腰越から見た江ノ島。

鎌倉「満福寺」はこちらです。続く