今回は、鶴見線の4つ目の駅「浅野駅」から「海芝浦駅」をご紹介いたします。

浅野総一郎は、一代で、浅野財閥を築き上げ、「京浜工業地帯の生みの親」とも「コンクリート王」とも呼ばれた人物です。
富山県氷見市の医者の長男として生まれ、15 歳で初めて商売をするものの失敗の連続で借金を抱え、敢え無く東京に出てきます。
東京で石炭事業に目をつけ、コークスを再利用した事業等に成功し、東京に出てきて3年目、明治9年、総一郎28歳の時に、当時、第一国立銀行の頭取や王子製紙の社長をしていた渋沢栄一と、また郷里の先輩でもある安田財閥の創始者安田善一郎と知り合うことになります。
明治30年、外遊から戻った後、東京から横浜間の遠浅の海岸に目をつけ、運河開削と埋立の事業を始めます。そして、昭和3年に京浜工業地帯が完成させることになるのです。
また、浅野セメントの工場を設立し、関東大震災の復興の機会を得て莫大な利益を生むことに成功します。
現在、この銅像は、総一郎が創立した「浅野学園」の丘の上に立ち、京浜工業地帯を見下ろしています。

浅野駅は、本線と海芝浦駅行きの支線の分岐点となっています。

浅野駅も他の鶴見線の駅と同様に、無人駅です。駅舎は、鶴見線終点の扇町駅行きの本線と海芝浦駅行きの海芝浦支線の間にあります。
それぞれのホームに行くには、駅構内の遮断機付きの踏切を渡らなければなりません。

浅野駅の前には、運河があります。昔、ここでハゼ釣りを楽しみました。

海芝浦支線の終点となる海芝浦駅です。ホームは岸壁で、すぐ下は横浜湾となっています。左手奥に見える綺麗な橋は、前回ご紹介した「つばさ橋」です。


駅の改札出口の先は東芝京浜事業所となっています。残念ながら、関係者以外は改札を出ることはできません。

駅ホームを歩いていくと、その先に自由に出入りできる緑地公園がありました。しばし海を眺めながら、上り線出発の時間まで公園のベンチで佇むことに。

次回は「安善駅」とその周辺をご案内いたします。