川崎新町駅に到着。この駅は上下線のホームが分かれていて、間の線路に貨物列車が通っています。



川崎新町駅です。いかにもプレハブっぽいのですが、他の駅と違い、駅員さんがいます。この駅の1日当たりの乗客数は、昨年度は平均1460人でした。少ない時は、平均1000人を切ることもありました。多くは、近くにある県立川崎高校の生徒参加もしれません。



本殿の扁額です。

境内にあった一本の白梅が満開を迎えていました。







この新田神社は延元3年(1338年)7月2日新田義貞公が越前国藤島(現在の福井市)で討ち死にすると、その重臣の一人、亘 新左衛門尉早勝が義貞公の遺品である差添の名剣・七ツ入子の明鏡・陣羽織を持って帰郷し、ひたすら冥福を祈って供養していたところ、里人らも公の徳を追慕し、その三種の形見を埋納し、廟を営んで主君新田義貞公を新田大明神として崇めまつったと謂われています。

稲荷大明神。石像の稲荷宮は、飢饉が続いた江戸時代末期、当時農村地帯であった渡田村の村民が五穀豊穣を祈願して勧請したようです。

神明社。江戸時代には、伊勢信仰が盛んで渡田村にも伊勢講があって、例年村民数名が代表して「お伊勢参り」をするならわしがあったようです。

姥ケ森弁財天。昔、鋼管通三丁目(今、私が住んでいる隣の町名)に、姥ケ森あるいは、森山と呼ばれて鎮座していましたが、明治政府の合祀令により、新田神社に遷されたそうです。

亘新左衛門尉早勝の墓。新田義貞公の家臣の亘新左衛門尉早勝が領地であった渡田村で永和3年(1377年)に没した後、里人が建立したとされています。

御祭神新田義貞公像。慶寺丹長4代目の作。主作品に掃部山公園に建つ井伊直弼像などがあります。

血圧が高いものですから、止められていますが、ついつい通ってしまう「元祖 ニュータンタンメン本舗」は超人気店。この日も待つこと30分。

タンタンメン(辛さは普通)にコーン、バターを入れて。この上に、辛いランクが3段階あります。最も辛いものは、ほとんどスープが赤くなっています。ダメなんです、辛いのは。多分、このお店は、川崎が発祥で、支店が鶴見とか、大田区にある程度では。何しろ、ハマります。

ほとんど、地元ネタでした。次は、南武支線の新駅「小田栄駅」です。