JR南武支線の八丁畷駅に到着しました!

八丁畷駅は南武支線の高架駅と京急線の地上駅が交差して乗り入れているんですが、中間改札はなく、その代わりに簡易ICカード改札機が設置されています。「降りたらタッチ!」京急線に乗り換える場合には、suicaをかざしてから乗り換えます。

京急線のホームの駅名標です。京急線の鶴見市場駅と京急川崎駅の間にあり、「普通」のみとまります。

八丁畷駅の改札を出ると大きな踏切があります。この通りは、旧東海道です。

駅のすぐ裏手に浅葱色とピンク色の「なわて横丁」という看板が目につきます。駅前飲食店街のようですが、昼間だからでしょうか、シャッター横丁になっていました。昭和を感じさせる横丁は大切にしたいものですね。

駅の裏手に無縁塚の慰霊塔があります。最近整備されたようです。

「八丁畷の由来と無縁塚」の案内板が新しく設置されていました。それによると、
東海道の川崎宿から神奈川宿に向かう街道が8丁(870m)にわたり、田畑の中をまっすぐにこの辺りまで伸びていたことから八丁畷と呼ぶようになった、ということです。

この辺りは、江戸時代から多くの人骨が発見されているそうです。江戸時代に震災や大火、飢饉に襲われ、多くの人が命を落とし、川崎宿のはずれの松並木の下にまとめて埋葬していたのではないかと思われます。その供養のため、地元の人達と川崎市でこの場所に慰霊塔を建て、無縁塚と呼ぶようになり、地元の方によって供養が続けれらています。

線路伝いに川崎方面に少し歩くと、やはり地元の人に手入れをされている花壇と史跡が見えてきます。芭蕉の句碑です。

松尾芭蕉は、元禄7年(1694年)5月、江戸深川をたち、郷里の伊賀への帰途、川崎宿に立ち寄り、門弟たちとの惜別の思いを俳句にしています。
芭蕉は、同じ年の10月に、旅の途中の大阪で生涯を閉じることになります。粟津の義仲寺に葬られています。私も東海道の街道歩きの途中で立ち寄りました。お寺には、芭蕉の杖も展示してあります。

句碑「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」
句碑の手前には、麦畑があります。

その手前の祠には、お地蔵さんがいます。交通安全を祈願されているのでしょう。

線路伝いの旧東海道を川崎方面にもう少し歩くと、当時の川崎宿の面影を感じさせるモニュメントが見えてきます。

さらに歩いて行くと、大きな木製の表札「川崎小学校」と赤い可愛らしいポストが見えてきます。ここは、川崎小学校の校門です。

案内板が建てられています。川崎小学校の卒業生のお二人を紹介しています。
一人は、歌手の坂本九さんです。もう一人は、作詞家の佐藤惣之助さんです。

さらに少し歩くと、焼肉「つるや」があります。このお店はジンギスカンも定番メニューで美味しいのです。夕方になるとお店のシャッターが開きますが、長蛇の列ができています。なぜかというと、人気漫画を原作にしたテレビ番組「孤独のグルメ」に登場したからなんです。

店内は昔ながらの懐かしい感じで、美味しい焼肉が召し上がれます。(お写真は借り物です) 少し、焼き過ぎのようですけど。

孤独のグルメの主人公の井之頭五郎。テーマは「八丁畷の一人焼肉」です。確かに、一人焼肉ができるお店は少ないかもしれませんね。(写真はお借りしています)

この辺で、八丁畷駅周辺のご案内は終わりまして、そろそろ川崎新町駅に向かうことにします。
この駅の看板(駅名標)のサビ具合が、都会のローカル線の雰囲気を醸し出していますね。

八丁畷駅周辺の地図はこちらです。https://goo.gl/maps/sxieGiVLHz22