シーボルトの没後150周年を記念して、江戸東京博物館と東京国立科学館で特別企画展が始まりました。日本の幕末に大きな影響を与えたシーボルトの実像とは・・・。

シーボルトという人は、幕末の長崎で最新の医学を教えた人という表の顔がある一方で、実は日本の国情を探ることをオランダ政府から命じられていました。日本の蘭学者に医学を教える一方で、日本の植物、地質、昆虫、動物、民俗、工芸品、文化財などあらゆる資料をかき集め、蘭学者の伊東圭介や高野長英らの手を借りて、資料集や論文を作成し、集めた膨大な資料を祖国に持ち帰り、オランダで日本博物館構想の実現に身を投じたという方なのです。
つまり、シーボルトは、ニッポンに魅せられ、日本人よりニッポン好きなヨーロッパ人だったと言えるかもしれません。
今回の特別企画展は、シーボルトが命がけで集めた日本の貴重な資料、約300点を150年以上の年月を経て、里帰りさせた貴重なものなのです、わたくし的には。

今回一番見たかったのは、シーボルト事件のきっかけとなった日本地図でした。この日本地図は、シーボルトに依頼され、江戸幕府天文方の高橋景保が譲り渡したものなのですが、その元になったのは伊能忠敬が測量した地図でした。
先月、ブログで伊能忠敬と高橋景保やシーボルト事件について記事にしていますのでご覧ください。



この写真は、昨年、東海道ぶらり旅で府中(静岡)に立ち寄った際に撮ったものです。

江戸東京博物館で一番見応えがあるのは、何といっても日本橋界隈のジオラマではないかといつも感心しています。

江戸東京博物館を出て、両国駅に向かうと、大相撲も大詰めを迎え、日馬富士と豪栄道の大一番ということで国技館の周りはものすごいことになっていました。


特に、混んでいたのが、正面から入場するお気に入りの関取の入り待ちです。


シーボルトは、植物への関心も強く、1万点以上の押し葉標本を収集し、川原慶賀による植物画などを精力的に集めました。収集した標本の大半はオランダのライデン、一部がドイツのミュンヘンなどで保管されています。また、研究家として日本植物の分類にも貢献しています。研究を通してシラネアオイやキブシなどの固有種の存在も明らかにしています。また、日本から持ち帰ったユリやアジサイ、ツバキ、ギボウシなどをヨーロッパに導入して、種類も少なく貧弱だったヨーロッパの地で園芸植物として広めていきました。


東京国立科学館を出たところで、「東京江戸ウィーク」という怪しげな催事が行われていました。



この展示は、歌舞伎の化粧の隈取り模様を合成して、顔映像にプロジェクションマッピッングで模るインタラクティブ展示だそうです。とても面白そうでした。

