映画「麒麟の翼」の舞台は、日本橋七福神を巡る界隈です。
最寄りの駅は、東京メトロの日比谷線と都営地下鉄の浅草線が乗り入れる人形町駅です。駅の出口は甘酒横丁の交差点です。

甘酒横丁の交差点の近くに、大正8年に創業した「快生軒」という老舗の喫茶店があります。この喫茶店「快生軒」は、刑事の加賀恭一郎たちが聞き込み後の待ち合わせに使っていたところです。
喫茶店「快生軒」の隣には、鳥料理の「玉ひで」があります。創業は宝暦10年(1760年)なので、このあたりでも、老舗中の老舗ですね。

映画「麒麟の翼」では、レストラン「芳味亭」も出てきます。加賀恭一郎の阿部寛さんや看護師の田中麗奈さんが加賀の父親の3回忌の打ち合わせをするというシーンに使われています。

加賀恭一郎たちは、被害者の青柳武明の顔写真を手に聞き込みしていた際に、熱心に神社をお参りしている青柳武明の姿を見かけたという情報が入ります。そこで、加賀恭一郎たちは、あらためて日本橋七福神の神社に聞き込みをはじめることになるのです。

日本橋七福神「松島神社」(大鳥神社)は大黒神の神様です。明暦の大火前、大鳥神社の周囲は歓楽街で、人形細工職人や歌舞伎芸者、吉原の芸妓など芸能関係や庶民の参拝が盛んだったそうです。11月の酉の市がその名残です。

日本橋七福神「末廣神社」は、毘沙門天の神様です。勝運を授け、災難を除ける神様として、400年以上前から信仰されています。末廣神社は、この地にあった吉原の守り神として崇められていました。

日本橋七福神「寶田恵比寿神社」(宝田神社)は、恵比寿神の神様です。日本橋七福神は、恵比寿神が2カ所あるので、本当は八福神が正しいのかもしれませんね。

小網神社の社殿(昭和4年建立)は、戦災を免れたり、同神社の御守を受け戦地に赴いた兵士全員が無事帰還したことなどから、近年では「強運厄除の神」、パワースポットとして多くの参拝者で賑わっています。
最後にご紹介する日本橋七福神「宝生弁財天」(水天宮)は、弁財天の神様です。

映画「麒麟の翼」の中では、被害者の青柳武明が日本橋七福神を回って、神社毎に同じ色の千羽鶴を折って賽銭箱に置いていました。何故か・・・(これ以上詳しく書くとネタバレになるので、関心のある方は小説かDVDをご覧になってください)

小津和紙は、承応2年(1653年)に創業した和紙の専門店で1階が店舗で、2階がギャラリーとなっています。とても落ち着いた感じの良いお店です。
私は、ここでお土産に和紙で作られた筆箱を購入しました。和紙独特のしっとりとした手触り感が気に入ってます。
映画「麒麟の翼」は、東野圭吾さん特有のサスペンスの面白さもありましたが、親子の絆を描いた感動的な作品でもありました。

甘酒横丁の交差点の近くに、大正8年に創業した「快生軒」という老舗の喫茶店があります。この喫茶店「快生軒」は、刑事の加賀恭一郎たちが聞き込み後の待ち合わせに使っていたところです。

喫茶店「快生軒」の隣には、鳥料理の「玉ひで」があります。創業は宝暦10年(1760年)なので、このあたりでも、老舗中の老舗ですね。
東京軍鶏肉を使用している元祖親子丼はランチで1500円です。

映画「麒麟の翼」では、レストラン「芳味亭」も出てきます。加賀恭一郎の阿部寛さんや看護師の田中麗奈さんが加賀の父親の3回忌の打ち合わせをするというシーンに使われています。
ビーフシチューやコロッケが評判のお店です。創業は昭和8年で、初代はなんと横浜ニューグランドホテルのシェフだったそうです。ホテル系洋食の老舗ですね。

加賀恭一郎たちは、被害者の青柳武明の顔写真を手に聞き込みしていた際に、熱心に神社をお参りしている青柳武明の姿を見かけたという情報が入ります。そこで、加賀恭一郎たちは、あらためて日本橋七福神の神社に聞き込みをはじめることになるのです。
日本橋七福神「椙森神社」は恵比寿神の神様です。江戸時代には江戸三森(椙森、柳森、烏森)の一つに数えられ、庶民だけでなく松平信綱などの諸大名からも崇敬を集めていました。

日本橋七福神「茶ノ木神社」は、布袋尊の神様です。神社の周囲の茶の木の緑が見事だったことからこの名がついたと伝えられています。この辺りの土地は、下総佐倉の城主、大老堀田家の上屋敷でした。大火の多い江戸時代に屋敷内で火災がなかったことから、この神社は堀田家の守護神として祀られていたものです。今でも防災、生産の神様として信仰を集めています。

日本橋七福神「松島神社」(大鳥神社)は大黒神の神様です。明暦の大火前、大鳥神社の周囲は歓楽街で、人形細工職人や歌舞伎芸者、吉原の芸妓など芸能関係や庶民の参拝が盛んだったそうです。11月の酉の市がその名残です。

日本橋七福神「末廣神社」は、毘沙門天の神様です。勝運を授け、災難を除ける神様として、400年以上前から信仰されています。末廣神社は、この地にあった吉原の守り神として崇められていました。

日本橋七福神「笠間稲荷神社」は寿老神の神様です。日本三大神社のひとつ笠間稲荷神社の東京別社として、長寿、幸運の神様として崇められています。
加賀恭一郎たちは、被害者の青柳武明が紫色の千羽鶴を笠間稲荷神社の賽銭箱の上に置いて拝んでいるのを目撃したという情報をつかみます。

日本橋七福神「寶田恵比寿神社」(宝田神社)は、恵比寿神の神様です。日本橋七福神は、恵比寿神が2カ所あるので、本当は八福神が正しいのかもしれませんね。
この寶田恵比寿神社は、小伝馬町駅の近くにある小さな社ですが、名物祭事の「日本橋べったら市」は非常に活気のあるお祭りです。

日本橋七福神「小網神社」は、福禄寿の神様です。稲荷様を主祭神とする小網神社は、文正元年(1466年)に悪疫鎮静の神として鎮座しました。

日本橋七福神「小網神社」は、福禄寿の神様です。稲荷様を主祭神とする小網神社は、文正元年(1466年)に悪疫鎮静の神として鎮座しました。
太田道灌公の崇敬も篤く、社名も道灌公が名付けたといわれています。また、健康長寿の福禄寿と財運向上・学芸成就の弁財天は、神社と同じ境内にあった万福寿寺にお祀りされていました。

小網神社の社殿(昭和4年建立)は、戦災を免れたり、同神社の御守を受け戦地に赴いた兵士全員が無事帰還したことなどから、近年では「強運厄除の神」、パワースポットとして多くの参拝者で賑わっています。

最後にご紹介する日本橋七福神「宝生弁財天」(水天宮)は、弁財天の神様です。
手前の朱色の社が宝生弁財天です。久留米藩主の有馬頼徳公が能楽の技を競った際に、弁財天に願をかけ、勝利したことから宝生弁財天と崇められてきていると言われています。
同じ境内にある水天宮は2016年の4月8日に新社殿になったばかりで、眩いばかりです。
総本宮は福岡県久留米市にある久留米水天宮で、東京にある水天宮は分社とされています。御利益は、水難除けと安産、子育てとされていて、安産祈願に訪れる夫婦や家族が後を絶ちません。

映画「麒麟の翼」の中では、被害者の青柳武明が日本橋七福神を回って、神社毎に同じ色の千羽鶴を折って賽銭箱に置いていました。何故か・・・(これ以上詳しく書くとネタバレになるので、関心のある方は小説かDVDをご覧になってください)
刑事の加賀恭一郎が千羽鶴の折り紙を探して入店したのが、日本橋本町3丁目にある「小津和紙」でした。

小津和紙は、承応2年(1653年)に創業した和紙の専門店で1階が店舗で、2階がギャラリーとなっています。とても落ち着いた感じの良いお店です。

私は、ここでお土産に和紙で作られた筆箱を購入しました。和紙独特のしっとりとした手触り感が気に入ってます。

映画「麒麟の翼」は、東野圭吾さん特有のサスペンスの面白さもありましたが、親子の絆を描いた感動的な作品でもありました。
被害者の青柳武明が腹部を刺されながらも、一羽の折鶴を持って、日本橋の「麒麟の像」に向かった理由のひとつに、息子の青柳悠人(松坂桃李)に対し、父親の最後のメッセージを伝えたものだったのです。
きっと「逃げることなく、勇気を持って羽ばたいて欲しい」という願いが込められていたのだと思います。(少しネタバレだったかな?)

