毎度お馴染みの堂々巡りブログにようこそ。
ネタになるモデルガンの所有数に限りがありますので、同じ話題が繰り返されます。


1967年。
国際産業がまだINT(International gun shop)だった頃、自社オリジナルのリボルバー型モデルガンの設計が行われ、2年後の1969年に発売されたのが同社ミリタリー&ポリスです。
国際では、その後同じリボルバーを2回リメイクしたことで、これは初代ミリポリと呼ばれることが多いようです。
国際初代ミリポリは、航空機搭乗員のサイドアームとして開発された軽量化リボルバー通称エアクルーマンモデルを参考にしているらしく、このエアクルーマンモデルは細かいサイズや仕様がスチール製のオリジナルミリタリー&ポリスと異なっています。
僕はこのエアクルーマンモデルの存在意義に疑問を持っていて、飛行機乗りが携行するけん銃を軽量化するったって、そんなのたかが知れてるじゃないか。と思うのです。
鉄のフレームをアルミに変えて、軽減される重量がほんの数百グラムですよ。
兵士の体重管理も徹底されてたんでしょうが、昨日食べ過ぎたんで今日は搭乗出来ないとか、ここんとこ便秘気味で出てないんだよねえ。とかで大事なミッションに参加できないということもあったんでしょうかね。

飛行機乗りの平均体重ってどれくらいだったんでしょ?
誤差は1kgだって許されなかったのかなあ。


S&Wは、リボルバーの過度な軽量化に挑み、シリンダーまでアルミで作ってしまったことで射撃訓練中にシリンダーの破裂事故が発生し、急遽そのリボルバーは回収されスクラップになりました。

その生き残りがアメリカ国内にごく少数現存し、かなりの高額で取り引きされているんだとか。
撃てば大怪我するようなけん銃はそっと箱にしまい込んで、時々眺めるだけのコレクターズアイテムにはちょうど良さそうですが、バカなアメリカ人は実際に撃ってみようとしそうで怖いですね。

国際初代ミリタリー&ポリスは、そのエアクルーマンモデルを参考にして、かなり実物に迫っています。
噂では、寸断されてスクラップになった部品が参考にされたらしいです。
設計は1967年ですから、MGCがピーメを発売した年です。
この当時の日本には、スィングアウト式リボルバーのモデルガンはMGCのチーフスペシャルがあるくらいで、リアルメカに近い国際ミリタリー&ポリスの出現は本家MGCにとって大きな脅威だったことでしょう。

国際は、ミリタリー&ポリスと同時期に同社2代目となるチーフスペシャルとハンドエジェクターを作っています。
ミリタリー&ポリスの方は68年の月刊ガンに試作品が紹介されていますが、チーフスペシャルは何の予告もなく69年のガン誌の広告に突如として登場します。
このチーフの構造はミリポリそっくりですが、ハンマースプリングは実物通りコイルスプリングになっているところがニクイのです。
同じ会社のモデルガンですから、どちらが先に作られたのか。ということを探るのは無意味かも知れませんが、同じメカを搭載して誕生したこの2機種を見ていると、やはりそこを考えずにはいられないんですよねえ。
ミリポリはスクラップの見本があって試作品まで紹介されていますが、その紹介記事にチーフのことは一言も触れられていません。
だから、ミリポリが先でその後にチーフを作ったと考えるのが自然ですが、チーフのハンマーはノーズが亜鉛の一体型でこの部分はミリポリから後退してるんです。
まあ、あくまでもメインはミリポリで、チーフはついでにリニューアルしたということかもしれませんが。


70年代に入りますとモデルガンの性能も大きく向上し、完成度の高い製品が続々登場しますので、国際の初代ミリタリー&ポリスの評価はあまり高くはありません。
しかし、これが『リボルバーのコクサイ』の原点ですもんね。
惜しむらくは、このモデルガンが試作品通りの構造で量産化されなかったことです。


これが六研製作による試作品です。
ホンモノと見紛う程のリアル感。
特にハンマーの形状がとても良いです。
国際の量産品はハンマーホーンが寝すぎているんですよねえ。
グリップは実物のようにも見えます。
この試作品にスクラップの実物部品がどれくらい使われているかは不明ですが、フレームとシリンダー以外は実物の可能性もあります。


こうやって見ると、グリップスクリューの位置が低いようにも見えます。
サイドプレートは3スクリューです。
ガン誌の記事は1968年8月号ですので、この試作品の製作は前年の1967年に着手されたものと考えられます。

記事中にエアーウェイトモデル12と明記されています。
モデルガンの試作をするのに、わざわざマイナーなエアーウェイトモデルを選ぶ必要はなく、通常なら標準的なM10が選ばれるはずです。
なぜエアーウェイトモデルなのか?それは、そこに見本があったからと考えるのが妥当でしょう。
エアーウェイトのM12は、2.5インチバレルしか生産されていませんので、製作陣が殊更エアーウェイトモデルに拘ったのだとすると、バレル長違いのバリエーション展開は矛盾していることになります。

この写真でもハンマー形状が良く出来ていることが分かります。
この形をそのまま量産品としなかったのは、試作品を基に量産品用の図面が新たに書き起こされたからだと思います。
理由は、試作品があまりにも実物に近かったので、安全性が考慮されたことによるものでしょう。
何しろ量産品はサイドプレートがフレームの正中線にまで及んでいて、プレートを外すとハンマーノーズが突き出すスリットから、パッカリと2つに割れてしまうのですからね。
トリガーとシリンダーハンドの連繋もずいぶんデフォルメされていて、ハンドはサイドプレートに開けられたスリットから突き出るようになっています。
ですから、分解と結合のときはコツを掴んでないとまごつくことになります。



この写真を見ると、ハンマーノーズが長く見えます。
ダブルアクションシアーは量産品ほど出っ張ってはいませんね。
鮮明ではないので、断言出来ませんが、サムピースのボルトが収まってる部分が分割されていないように見えます。

この試作品が実物と違うところは、リコイルシールドがサイドプレートに付いているところです。
これは76年にCMCがM27とM29を出すまで、モデルガンでは当たり前でした。
ダイキャスト技術の向上で改善出来た部分ではあるのでしょうが、試作品は削り出し加工でしょうから、この部分は量産品を意識しての設計でしょう。





ここで、モデルガンの先生であるyonyonさんのホームページから写真を拝借して、国際の初代チーフと2代目チーフの機関部を見てみましょう。

これが国際(INT)の初代チーフです。
メカの原理はMGC初代チーフをそのままコピーしており、くねくねと曲がった特殊なバネがハンマーとトリガーの動力になっていることが分かります。
僕は初代チーフはダブルアクションオンリーだと思っていましたが、シングルアクションも出来ることをこの記事で知りました。
ハンマーの下にあるL字状の部品がシアーで、ハンマーの後ろにある切り込みに引っ掛かりコックするようです。
MGCのコンバットマグナムと同じですね。


こちらは、2代目チーフです。
ハンマーの動力は見慣れたメインスプリングとなり、リバウンドスライドまでが設置されています。
メカの基本は初代ミリポリにそっくりです。
この時代、実物メカを知る資料が少ない状況の中で、ミリポリと同じリーフスプリングではなく、チーフ特有のコイルスプリングを採用していることに国際の拘りを感じます。

この国際38splコンビが当時のモデルガン業界に与えた影響はずいぶん大きかったことと思います。
アサヒイーグルは、見分けがつかないほどそっくりにコピーし、本家のMGCも実物メカに近いニューチーフを作ることを決意します。

これが1970年で最初のモデルガン規制の前年です。このあと国際リボルバーは大きく進化していくわけでありますが、その前に意味不明の足踏みをしているんですよねえ。

もいちどyonyonさんのホームページから写真を拝借します。


これ、何という銃のモデルガンだと思いますか?
ミリポリかなあ。なんて言ってるあなた、まだまだお勉強が足りてないみたいですね。
国際の3代目チーフ(ハンドエジェクター)です。
1976年の製品らしいですが、このメカニズムは同社357、44マグナムとそっくり同じです。

MGCのニューチーフを原点とするハイパト~44マグナムのメカをコピーしたものですね。
2代目チーフで抜きん出たはずの国際でしたが、3代目で再びMGCの後塵に拝することになるわけです



それにしても、どういう事情があって、チーフにリーフスプリングを採用しちゃったんでしょうか。
2代目でせっかくコイルスプリングを採用しているのに、これで台無しです。
無理してサイズダウンせずに、357マグナムのフレームサイズでミリポリを作れば良かったのに。


そのミリポリは2年後の1978年に2代目が登場するんですが…。

メカはこんな感じです。

リコイルシールドがフレーム側に移り、サイドプレートのトップスクリューが省略された3スクリュータイプです。
ただ、このミリポリは、戦前型をモデルアップしているようなので、サイドプレートが3本ネジというのは考証不足です。
リコイルシールドの位置やサイドプレートのスクリューレスについては、CMCマグナムが日本で最初に行ったことでありますが、70年代後半の日本では、S&Wリボルバーのリコイルシールドの位置やサイドプレートのネジに関して、『これが正しい姿』という風潮が蔓延していて、国際もそれに倣ったんでしょう。
ただ、せっかくCMCを真似るなら、メカニズムもお手本通りリアル構造にすれば良かったのに、残念ながら国際オリジナルデザインとなっています。
ただ、このミリポリが出たときの国際の意気込みは凄まじく、Kフレームでのバリエーション展開でマスターピースと謎の架空銃ニューセンチュリーを作っています。
その同じ時期にパイソンとマークⅢ、さらにブラックホークも出していて、2回目の規制でセミオートタイプがほぼ全滅した中で、リボルバーの国際を自称して頭角を現そうとしています。
尤も、パイソンはMGC、ブラックホークはハドソンのコピーでありますが。

このように70年代後半から国際の動きが活発となり、80年に入りますとマークⅢ(トルーパー&ローマン)、パイソン、44マグナムをプラで登場させて、樹脂製モデルガンの商品開発も進めて行くのですが、同時期のMGCやCMCに較べると、今一つ魅力に乏しい製品ばかりでした。

この頃の国際のプラスチックは粘りがなくて割れやすく、同じプラパイソンでもMGCのは、独自メカでありながら、馴染みやすく魅力に満ちていました。
そしてこの頃のMGCは、モデルガン用キャップ火薬の開発に成功して、ストレス無しに撃てる多弾数のM59やM76を発売し、樹脂製モデルガンによるブローバックオート花盛りという時代に突入していたんですねえ。

まさに1980年までの国際産業は、頑張ってはいるのに成績が伸びない要領の悪い受験生のようでした。

その国際が永田市郎という家庭教師を付けてもらい、新たな設計士を迎え入れ、社名もコクサイとなって生まれ変わると、いきなりニューM28というS&Wメカの革命機を世に放ちます。

これがなぜ人気商品のM29じゃなかったのか?
おそらく、様子見でしょう。
驚きの再現性を見せたM28でしたが、エジェクターロッドやリコイルシールドなどの詰めは甘く、その後のM29。そしてKフレームのM19、M10で徐々に完成度を高めていきます。
1984年に登場した金属製のM19は、その真骨頂でした。
ほんの8年前に板バネの付いたチーフを出した国際とは思えない、超一流のモデルガンメーカーに成長を遂げたコクサイ。

そのコクサイが最後にデザインしたS&Wリボルバーが金属製のM10。通称ミリタリー&ポリスだったとはね。
国際の歴史はミリポリに始まり、ミリポリに終わる。


あ、その後にスマイソンがあるじゃねえか。なんて野暮は言わないの。
ありゃ一種のゲテモノですからね。

ついでに言うと、金属製のNでもKでもない、全くの新規デザインでのコクサイS&Wリボルバー最終機はJフレームのM36です。
CMCが最後に遺した名機と同じというのも涙腺が弛んだオヤジーズにとって感傷に浸るには充分なお話でしょ😁