小学校5年生のとき
はじめて3本すいました。
噎せ返る(むせかえる)やら、苦しいやら
しばし呼吸困難にて
「あわないな~~」
と結論。


本日の日経新聞の夕刊にでてましたが、
世の中まだまだタバコ天国。

でも
おや??と思うのは、
ファミレスの喫煙ブース。

タバコをすうのはおおむね4人のうち1人くらい。
つまり喫煙エリアの喫煙人口は25%
のこり3人は引きずられてフィルターを通さない純度のたかーいニコチンを
吸引させられているわけです。

わたしも思い返してみましたが、
以前、友人と5人でのみにいった時に
喫煙者は一人だけでした。

ですが
「この店禁煙じゃーん、おれ耐えられないよう、他の店にしようぜい」

と、なぜか店の選択の主導権は喫煙者に。
なんででしょうねえ~~???
なんでマイノリティに従ってしまうのでしょうか?
煙に苦しむ苦痛より、タバコをすえない苦痛のほうが大きいと信じこまされているからではないでしょうか?

でもね、想像してください。
目はちくちく、身体も服もヤニ臭くなって、
ヤニでむせぶ、咳がとまらない、
肌に付着したヤニでかゆくなってくる。
ほんと、クリーニング代くらいはだしてほしい。


昔、上司が超ヘビーなチェーンスモーカーでした。
その上司の口癖が、
「思いやりが大切だよ、人としてどうかと思う」
”君に思いやりが欲しいよ”といいたいです。

大人が勝手にしたいことしてる社会で、
こどもたちに人の道を教えられるわけがない。



そういえば
ふと思ったのですが
すれ違うときに、男性は手のなかにタバコをそっと隠す傾向があります。
でも
女性のほぼ100%はタバコの火を自分から遠ざけて歩きタバコをしています。
なぜでしょう?
聞いてみました。
1)服にヤニのにおいがつくから。
2)服を焦がしちゃうから。
3)灰で汚れるから。
4)(自分が焼けどしないように)危ないから。

そもそも、公共エリアでの喫煙の制限などの条例は
歩きタバコの先端の火が
こどもの目を直撃して焼いたことから始まりました。





今日もチェーンスモーカーN女性を目撃しました。
1本に火をつけて何回吸い込むのかと思ったら3回。
あとはずーーーーーーーーーっとくゆらしているだけ。

公害???

いっそタバコの葉を食べてほしい。
1本1本ちびちび吸ってないで、
10本まとめて吸ってほしい。
いやニコチンドリンクを販売してほしい。
ニコチンガムを開発してほしい。

ただ、
タバコも、コーヒーも、音楽を聴くことも
人が嗜好を満たす大事な道具であることには違いありません。
(タバコ依存症の方のホームページ;http://www4.ocn.ne.jp/~buddhism/13.html )
問題は依存度合いなのでしょう。

知人は肺がんで入院しましたが、病院内でもタバコを吸い続けて
ずいぶん医師や看護婦からも問題視されました。
そこまでタバコに依存させるのはなんなのでしょう。
自分の身体が崩壊しているのに関わらず、さらに破滅へ進んでいくのでしょうか?

かくいうわたしも「サプリメント中毒(?)」です。
まあ、飲まなかった日があってもべつに禁断症状がでるわけではないのですが、
依存度は相当にたかいです。
(ごはんをまっとうに食べていない、という食生活への不安があるのでしょう)

なにごとも過ぎたるはなんとやらですね。












あたらしくブリッツができてずいぶんかわりましたねー
今日は中島みゆきさんの夜会をやっているそうです。
すごい人です。
入場料は1万○千円するのですが、
きっとすばらしいのでしょうねー。
親父も行きたがっていたので、
以前チケット手配をしようとしたら
「ん、もういいや」
実にAB型らしい発言です。

サクレにはレストランアーケードだけでなく
さまざまな施設が。
ツリーもきれいでした。

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ちいさなアイスリンクもちょっとニューヨークみたい。


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女の子がくるくるくるくるまわっていました。


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昨年は青色発光ダイオードの影響で東京の街あらゆるところでブルーの灯りが
灯されたもんですが、
今年はグリーンもあるんですね。

不思議なことがあります。

男にとってトイレとは

ずばり用をすますだけの場所です。


自宅のトイレの場合は違いますよ。

本もって、ホットミルクとかお菓子とかもって

ゆったりすごしています。


外の公衆トイレに戻りますが

だれも声を発しません。

ほとんどの人が5秒間だけ手をあらって外へでます。

いっこくもこんなところにいたくないって感じでトイレをでます。

誰かと目があったりすることもありません。

たいがい目は床を見てますから。


だから

女性の方がトイレが長いのが不思議でなりません。

きっとおなかが痛くなってつらいんだろうな、って想像してました。

100人男がいたらきっとおなじように思うと思います。


たとえば

男女二人で食事にいった場合は

トイレにいった女性を見送って

なにをしようか考えます。

経験的に彼女が戻るまでに長い時間があるのを知っているからです。


まず、

かばんから読みかけの「本」をだします。

思い出したように、手帳とペンで明日の約束などを確認します。

なにか書き込もうとしてシャープペンの芯がもうないことに気がつき

シャープペンの芯を補充します。

補充する際にテーブルにちらばってしまった数十本の5mmの芯をがしがし集めたりします。

お薬ポーチからビタミン剤とかのむのでウエイトレスさんにお水をお願いします。

テーブルの上にある塩やらペッパーなどの瓶をひととおりつかんでメーカーなんかを確認したりします。

ウエートレスさんが持ってきてくれた水を飲んで

ガラスコップの裏のメーカーの文字を読んだりします。

自分の手の指にささくれができたことに気がついてクリームをごそごそだしてぬったりします。


そうこうしているうちに戻ってきます。

わたしは「長い長い戦い」に疲れたであろう彼女に慰労といたわりの目をむけます。

”がんばったね”

心のなかでそうつぶやきます。

こう、

なんていうんですか、同志をみつめるようなまなざしですね。


ところがすれ違う別な女性に彼女が会釈をします。

「知ってる人ですか?」

「いいえ、さきほどちょっとお話を」

そう、

女性はなんとトイレで知らない女性たちと

長々と身だしなみを整えながら世間話やお互いの話をしているのだそうです。

知らない人とトイレでコミュニケーション!!!

これは驚きです。


男のトイレでもコミュニケーションを求めてくる人はたま~~~にいます。

それも人の便器を覗き込む、というようなジェスチャーで「ニヤリ」(´∀`)と微笑むのです。

人のものに興味があるのか

お近づきになりたいというジャスチャーなのか

「勝った」という勝利の微笑なのかよくわかりませんが

大概不気味なアプローチです。

ちょっとむっとして早々に立ち去るのですが

そういうわけでどうにもトイレが好きになれません。

そもそもトイレの構造も違うらしいですね。

女性のトイレには化粧台が広いとか綿棒まで置いてあるとか。

対して男のトイレは大概びしょびしょに水であたり一面ぬれていて、

ごみとかが散乱していたりします。

できればマイトイレを持ち歩きたい気持ちでいっぱいですがそれもかなわぬ夢。

とはいえ大切なトイレ。

男にとってはトイレはきっと永久にくつろげない場所なんでしょうか。





父親がホンダなので
ホンダの釜の飯で大きくなったわけで
やっぱり
ホンダには強い愛着があります。

でもホンダといってもエンジニアでも販売店でもなく
世界中に販売網をつくる仕事だったので
小さい頃は転勤だらけでした。

小学校にあがるまえに7回。
小学校にあがってからも7回。
ヨーロッパに3年、日本国内も旅役者のごとく巡っていました。

さすがにタイやアジア進出の辞令がでたときには
ちょっと。。。と。
疲れましたね。
家族全員。

でも転校生の挨拶はまー、なれたもので。
あまり人間関係に執着しないというか、
深入りしなくなったような気がします。
せっかく仲良くなっても
いづれ、とか考えるとつらいですもんね。
竹馬の友とか聞くとめちゃめちゃうらやましかったです。
小学校から友達だーとか聞くとほんとにうらやましかったです。

高校のときに、教科書も制服もそろってなかったので、
麻布高校の体育着着ていたら
まー
なんかいじめられましたよ。
なんというかゲリラ的な転勤なので教科書がそろう前に転校ってことも。

傷つきやすい最近の子供たちだったら気が変になっちゃうんじゃないかなあ。。。

鈴鹿もつれてってもらいましたよ。
ホンダ関連の施設ってけっこうあちこちにありまして、
東京都下にある多摩テックの優待券やら入場券やらずいぶんもらってました。
夏はもっぱら多摩テックのプールで過ごしていましたっけ。。。

ホンダ
がんばってください。
わたしもがんばります。
がんばるぞ。


いろいろ大変な月ですよねー。
でも
たしかに大企業や民間企業が支出を絞りだしているのがよくわかります。
そもそも大企業には「交際費」は全額経費とは認められないので
年末などのご接待などは会食として支払った分だけ法人税が加算されます。
(中小企業は90%まで認められます。)
利益ががんがん減っているので、これ以上に税金を支払うわけにはいかないのです。
だからか、なんか
街中、閑散としてますよね。

原宿や渋谷、下北沢で1人の客が1日に使う金額はおおよそ¥500なんだそうです。
その水準は10数年前からあまり変わってないので、
人がいなくなれば余計に収入が減ることになります。

つかケタ違くないかい???
そんなもんですかねー。



今日の「さんま御殿」めちゃめちゃおもしろかったですね。
観られましたか??

男性全員B型。
女性は全員B型以外。

まー、
B型ってどうしょーもないってことで
1時間責
められまくってましたが、
んー。
そう思うこともあります。( ´艸`)

でもO型はO型の
A型はA型の、AB型は、それぞれイイトコもワルイトコも。

え?血液型なんて関係ないって??
。。。。そうなんですよね。
20世紀初頭から東京大学などの教授の方々が一所懸命お調べになったんですけど
そもそも科学的根拠について研究するというよりは
統計学的なアプローチで気質や性格の分類をしてゆきました。

松田薫 「血液型と性格の社会史」
ちらっと読みましたが
かなり、当たり前ですがかなり真剣に調査しています。


そもそも血液型についての研究はドイツで始まったようです。

20世紀初頭のドイツで、遺伝学の一環として血液型の遺伝の研究が行われていました。調べてみると、ドイツ人にはA型が多く、アジアにはB型が多い。サルもB型が多い。(!)進化論からの連想と形質人類学の影響で、血液型の構成比率における人種間の差を人種間の優劣と結びつける考え方に発展してゆきました。日本でも、1920年代に軍と東大などが血液型による軍人の適性などを大々的に調査したそうです。
1927年、東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の古川竹二教授が「血液型による気質の研究」という論文を「心理学研究」に発表し、これが血液型性格診断の起源となりました。

心理学者の「参入」によって、血液型による差異は、日本では民族間の優劣ではなく個人間の差異の問題としてとらえられるようになったとのこと。
この仮説は報道などを通じて知られるようになり、1930年代にかけて、医学・法医学研究者等の間で、血液型と犯罪、精神病等の関係を研究する動きが高まってゆきました。社会の中でも、血液型を採用、組織運営、職業選択、占いなどに応用しようとする者たちがあらわれました。学界では、実証結果が検証できない等として批判も高まり、激しい論争が展開され、一連の騒動の中で逮捕者まで出る大騒ぎとなったそうです。その後血液型は学術的関心を惹かなくなり、社会の関心も薄れていきました。

(関心は薄れてはいないのでは?)

(参照;ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E5%9E%8B%E6%80%A7%E6%A0%BC%E5%88%86%E9%A1%9E )

そもそもは科学的論証、というよりは

「社会史」として展開されているところがまたなんとも奥深いものがありそうです。


キメツケや偏見はよくありませんが、

お互いを理解しよう、とするためのツールとしてはいいと思うのです。


私ですか?

。。。。B型です。





きょうは
いつものインストラクターさんでなく
イギリスの人。
60歳の男性と20歳後半のOLさんと
20くらいの大学生の4人。
いつもオーストラリアの講師なので(これがまたけっこうヘビーでスパルタなのだ)
発音が違う。
聞き取れない。
( ̄▽+ ̄*)んー

しかもクラス内容はゆるい。
最小限のポイントだけ憶えて帰ってね、って感じ。

楽かもー

いい。
中島美嘉さん
いい味だしてきましたねー

オリオン、いい曲なのに「色」つきまくり。
きいてると
あの埠頭からざっぱーん
ってのが浮かんできて

それも狙いなんでしょうけど


言葉ってセンスじゃないですか。
特に東京言葉はストレートでとっつきにくい。
表現が硬直的だから
「私って~~じゃないですか~~」と婉曲的に周知させようとする防衛表現になる。

近畿圏にあるような言外にある表現を相手に伝えるような高度なコミュニケーション能力に比べて
東京ではまったく言語体系が未熟なわけでして
それは漫画だったり歌だったりドラマのセリフだっただったり
あらゆる表現について理解度が低すぎる。
だからドラマも異様に「説明セリフ」が多く、どうにも白んでしまうのは仕方のないことなんでしょうか。