私は郭先生批判集会が行われた2010年当時、日本統一教会の某教区スタッフでした。ある時、教区の責任者会議の場で郭先生批判のビデオを見させられ、直後にビデオ撮り(当然、本部指導)されながら全スタッフが順番に「郭先生がサタンになってしまいました」と宣言させられていきました。当時、私自身も組織的立場と雰囲気に主管され、ビデオの前でそのように宣言しました。しかしながら、あまりに異様で高圧的な本部指導であったため、相当な気持ち悪さとこれは絶対に何か裏があるなという疑念が強く残りました。


それからこの郭先生批判、顕進様批判について深刻に考えるようになっていきました。私はもちろん、真の父母様を心から愛しています。そして統一教会に対しても、人間関係や献金問題等からの個人的な恨みがあるわけでもありません。ただ、原研時代に顕進様が世界会長であられたので、その教育指導内容と顕進様家庭の実体の素晴らしさを心から実感していたこともあり、顕進様が公的な場に現れなくなられて以来、果たして顕進様に一体何があったのだろうか、という心配する思いは絶えず持っていました。


顕進様によるご指導と教育を通して、より一層神様・真の父母様の事情と心情を深く理解させて頂き、神様の御旨と原理、そして真の家庭と祝福中心家庭の摂理的立場などを明確に教育して頂いたというのが実感するところです。


とにかく、これまで学んできたはずの「怨讐を愛する」という真の愛とは似ても似つかない不自然な啓蒙集会が始まってより一層胸騒ぎがしますし、無関心ではいられなかったので、その後も可能な限り、この問題に対する啓蒙集会等には参加しました。そして、ある集会に参加した折、某大陸会長が「残念ながら、顕進様はお父様にチャレンジしておられる」と語ったのを聞いた時に、心に物凄い気持ち悪さを感じました。それは真の父母様を中心としてカインの子女である祝福中心家庭がアベルの子女である子女様の事情と心情を分かったように否定的に述べていることに対する気持ち悪さです。正直、「本当にあなたが顕進様のことをそう言い切れるほどご家庭のことを正しく理解できているのか・・・。」と思いました。


それ以降も、お父様が実際この問題に対してどう考えておられるのか直接御意をお伺いしたい一心で天正宮での式典に参加したりもしましたが、お父様は決してこの問題に対して明確な回答をくださいませんでした。そうして胸騒ぎは消えないまま1年が過ぎ、自分としてはとりあえずこの問題に真剣に向き合おうとするなら立場的にもスタッフではいられないだろうこと、そして、まがいなりにも教育者である以上、内的にすっきりしないまま他者を指導することは望ましくないこと、だからと言って、心のもやもやを適当にやり過ごし本部指導に従順に合わせられる自分の性格でもないこと、さらに宿命であるはずの氏族メシアとしての具体的挑戦に向き合えていないままで今後スタッフをしていくことに対する限界を感じていたことも重なり、公職を辞退することに決めました。正直決心するまで、何度か思いとどまったりもしましたが、『祝福の意義と価値』、そして『氏族メシヤ』に関する御言を再度読み直し、祈って決断しました。


その後、全くのゼロから氏族メシヤ活動に取り組みつつ、教会では議論できない様々な内容について信頼できる兄弟姉妹やネットを通して情報を集めるようになりました。もちろん、情報元の信頼性やブログ主などの捉える観点など、信頼できるものを吟味しました。その結果、本部の主張に顕進様に対する悪意からの扇動的内容があることや、本部からは決して伝わってこなかった御言や事件の真相などが分かるようになり、最終摂理の大波の激しさが少しずつ見えてくるようになりました。


本部指導がどうもおかしいと感じながらも、長い間、私の中で疑問であり続けていたことは大きく分けて以下の4点です。


① どうして顕進様は公的な場に出られなくなったのか
② なぜお父様は亨進様を世界平和家庭連合(当時)の世界会長に任命されたのか
③ (はめられたとはいえ)どうしてお父様が顕進様に対して一年間の公的活動停止を命じられたのか
④ お父様は爆破者宣言文や真の父母様宣布文などをどうして容認されるのか


すでにこのブログ村でもgildongさんやパシセラさんを初め、数名の方がかなり詳細に考察されていて、もはや説明不足のようにも感じられますが、また別の記事で私なりにも意見を述べたいと思います(今回は長文のため割愛します)。


上の4つの疑問に対する回答が見えてくればくるほど、やはり顕進様が正しいということを確信するようになりました。正しいというのは、御旨の方向性、つまり神様とお父様の願いに一致しているということです。その他の子女様は補佐官や大陸会長など幹部たちを初めとする祝福中心家庭の未熟さ故に惑わされてしまっていると考えています。真の家庭や大先輩方について論じるのは誠に恐縮ですが、一連の事件を通して、真の家庭と祝福中心家庭の摂理的関係性というものを今までにないほど深く考えさせられているように私個人的には感じています。


大変、おおまかではありますが、以上のような過程を経て、祝福中心家庭としての使命を可能な限り果たしたいと思いながら前進した結果、「あなたはお父様を信じていない、愛していない」と言われるようになりました。そうは言われても、もちろん、今でも変わらず心からお父様を信じ、愛しています。そしてその真の愛の教えに従うよう努力しています。そして妙な派閥をつくるつもりもありません。



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本然の根に帰ろう


 昨日私は、「統一運動は官僚主義になり、体制化されている」と話しました。皆さんは、統一教会の信仰の中心となる根や軸を見つけなければなりません。それは神様、真の父母様、そして真の家庭から、そして皆さんが理想家庭に接ぎ木された祝福家庭だという事実から、探し出すことができます。そこに皆さんの価値があり、そこに皆さんの信仰の根を張らなければならないのです。それなのに、多くのリーダーが、自分が責任をもった機関や団体のことばかりを考える傾向があります。非常に画一的で官僚的で、政治的態度を持っているということです。そうであれば、一体、私達は社会と何が違うというのでしょうか。

 

 もし皆さんがそのような方向に進んでいけば、統一教会はただのキリスト教の一教派か、あるいは他の宗教になることでしょう。それが真の父母様のレガシー(遺産)だと思いますか。神様の国のレガシーだと思いますか。御父様は、新しい宗教を作るために、地上に来られたのではありません。新しい教派を作るために来られたわけでもありません。


 81年の生涯の中で、お父様はただ一つの目的を完成するために、ただ一つの目的に焦点を合わせて動いてこられました。お父様がどのようなものを創られ、どのようなことをされ、またどのような障害に直面されなければならなかったにせよ、一貫して維持してきた一つの目的は、地上に神様のみ旨を実体化することだったのです。お父様は、いつもこの基本的なビジョンと目標を心においておられました。


 昨日、私が語った神様のみ旨は何だと思いますか。神様が人類歴史を通して復帰しようとされていたものは何だったのですか。それは真の愛、真の生命、真の血統が顕現する理想家庭でした!皆さんは、これを明確に理解しなければなりません。もしこのことを見失い、忘れてしまえば、統一運動は歴史のちりと消えてしまうでしょう。それで今、皆さん自身を再教育して、本然の根に帰らなければならないと説明したのです。その根はどこにあるのでしょうか。それは神様、真の父母様、そして理想家庭を土台としてあるのです。


『神様の夢の実現』―――第7章 定着時代のためのリーダーシップ・パラダイム(第二回特別21日修練会二日目の御言 2001年4月20日 米国・ベリータウン) より


2001年2月、真の父母様はUTS神学大学院卒業を目前にした文顕進様を、世界平和青年連合世界会長に任命され、48歳以下のすべての指導者に対する責任を任せられた。これを契機に、カナダと米国、リトアニアで、3回にわたって21日特別指導者修練会が実施された。第二次修練会は、内的には試練の多い教育期間だった。一部の指導者から修練会の内容に対する誤解を受けたり、顕進様の子女の一人が聖和するという悲しい事実も発生した。この日のみ言は、神様の摂理と真の父母様の業績、そして祝福家庭の使命などについて、一貫して顕進様が強調して来られた摂理的観点の根本的な骨格をなしている。当時、統一家のほとんどの指導者が、3回にわたる修練会を通してこのみ言を聞いた。



個人的な未熟さ故に時々、神様を抜きにして環境を捉えてしまい、自分勝手に辛さや疲れ、不安や寂しさを感じてしまう時があります。そんな時、改めてこの方の歩みを思い出すと、神様と御父様との確かな繋がりを再確認させられ、本心の願いに向かってさらにもう一歩踏み出すための勇気と希望が湧いてきます。


今日も正にそんな一日でした。受けるだけでなく、いつか必ず何かをお返しして差し上げたい、そう思っています。


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今の統一家には、とりあえず基元節までは統一教本部を信じて疑わないと決心されて従順を貫いていらっしゃる方もいれば、本部指導にどうしても感じてしまう違和感を禁じ得ず、正直に本心に従おうとした結果、自覚あるなし問わず郭グループに分類されている方もいらっしゃいます。


私も後者のうちの一人ですが、共に歩んできた食口の方からも一方的に分派扱いされ、御父様をメシヤと信じていないのか、霊の血統関係を破棄したいなどなど・・・いろいろと言われてきました。


改めて、負のレッテルの持つ力を実感させて頂きました。原研時代に左翼から名指しのビラで迫害され、兄弟姉妹が反対牧師に吹き込まれたネガティブな情報に失望し、去っていったことを思い出しました。個人的には今更統一教からレッテル貼られてもなぁという気持ちはありますが、現実を静かに受け入れています。


ただ、統一教本部支持側の方から、ひどく誤解されているなぁと感じることが一つあります。


それは、私が優先順位として『御父様<顕進様』という信仰観および価値観を持っていると思われていることです。


「御父様の指示に従っておられない(と言われている)顕進様・郭先生に従っている」ということでそういう風にみなされていることは理解できます。


ですが、私自身としては、『御父様<顕進様』という価値観を持った覚えなど全くないわけです。


「矛盾したことを言うな!」と言われるかもわかりませんが、私なりに人生を懸けてきた信仰観において、矛盾はしていないつもりですし、可能な限り矛盾を許容するつもりもありません。


どこまで上手くお伝えできるかはわかりませんが、今後ブログを通して、御父様のメシヤ性を信じつつ、顕進様を支持していることが必ずしも矛盾したことではないという一例を精一杯説明できればと思っています。


もしかしたら、私のように郭グループに分類された方からも反論を述べられるかもしれませんが、勿論、そういうことも想定内ですし、私自身の意見もまだ曖昧な部分が残っていることも自覚していますから、議論の中でより深い悟りを与えて頂けるのではないかとも期待しています。


一人の祝福中心家庭の意見として、他の人にもある程度理解できる内容だろうと思っています。私自身も本部を支持する人たちがその人たちとして一貫した思いで頑張っておられることは理解しているつもりです。


最後に、『星の王子様』で有名なフランスの作家サンテグジュぺリの言葉から


『愛するとは、互いに見つめ合うことではなく、

           共に同じ方向を見つめることである。』





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